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第79話

 弘毅は重苦しい気分とともに目を覚ました。


 まるで胸の上に重い石でも乗せられているような息苦しさだった。


 『さっきの夢は何だったんだろう……』


 ぼんやりとした意識のまま、弘毅は天井を見上げた。


 彩香――。


 その名前だけが胸の奥に引っかかっている。


 だが、その女性が誰なのか思い出せない。


 弘毅は大きく息を吐き、不意に視線を横へ向けた。


 その瞬間――。


 全身の血が凍り付いた。


 ベッドの脇に、ナース服姿の奈津が立っていた。


 無言のまま。


 まるで人形のように微動だにせず。


 そして、その手には鋭いナイフが握られていた。


 奈津は感情のない目で弘毅を見下ろしている。


「か、看護師さん……?」


 弘毅が震える声で呼びかける。


 だが奈津は答えない。


 ただ、ゆっくりとナイフを持ち上げた。


 その瞳の奥に宿っていたのは、明らかな殺意だった。


「死ね」


 低く冷たい声が病室に響く。


 次の瞬間。


 奈津はナイフを振り上げ、弘毅の胸めがけて突き下ろした。


「危ない!」


 弘毅は反射的に身体を捻った。


 ナイフはベッドに深々と突き刺さる。


 ガンッ――という鈍い音が病室に響いた。


 弘毅はそのままベッドから転げ落ちた。


 しかし身体が思うように動かない。


 まるで鉛を流し込まれたように手足が重かった。


 『薬か……!』


 先ほど奈津から渡された薬。


 あれが原因だと直感した。


 奈津はナイフを引き抜きながら、不気味に口元を歪めた。


「今度は外さない……」


 ゆっくりと。


 確実に獲物を追い詰めるように。


 奈津は弘毅へ歩み寄る。


 『逃げないと……!』


 弘毅は残された力を振り絞った。


 ふらつく身体を無理やり動かし、奈津の脇をすり抜ける。


 奈津が振り向くより早く、弘毅は病室の扉へ飛びついた。


 勢いよく扉を開け放ち、そのまま薄暗い廊下へと転がるように飛び出した。

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