第78話
弘毅は奈津から渡された薬を飲んだ。
頭を引き裂かれるような痛みは徐々に和らぎ、やがて重くなった瞼が閉じていく。
弘毅はそのまま深い眠りへと落ちていった。
* * *
「弘毅……」
「弘毅……起きて……」
遠くから誰かの声が聞こえる。
深い霧の中を漂っているような感覚の中で、弘毅はその声に耳を傾けた。
『誰だ……?』
『俺を呼んでいるのは……』
声はどこか懐かしく、胸の奥を締め付けるような響きを持っていた。
「ダメよ……」
「弘毅……この幻影に飲み込まれては……」
女性の声は優しく、それでいて必死だった。
まるで大切な誰かを助けようとしているように――。
『幻影……?』
『何のことだ……?』
弘毅は声の主を探そうとした。
しかし、辺りは白い霧に包まれ、何も見えない。
やがて霧の向こうに、ひとつの人影が浮かび上がった。
長い髪。
優しい瞳。
どこか寂しそうな微笑み。
その姿を見た瞬間、弘毅の胸が大きく波打った。
「あ……」
人影はゆっくりと振り返る。
そして、今にも消えてしまいそうな声で囁いた。
「思い出して……」
「あなたは……」
その姿は淡い光となり、少しずつ薄れていく。
弘毅は思わず手を伸ばした。
「彩香……!」
自然と、その名前が口からこぼれ落ちた。
だが――。
『彩香……?』
『誰なんだ……?』
名前はわかる。
それなのに、その人物との記憶だけが思い出せない。
彩香の姿は光の粒となって消え去り、再び白い霧だけが残った。




