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第76話

「ご、ごめんなさい……」


 駿一は申し訳なさそうに頭を下げた。


 奈津は小さく笑いながら首を横に振る。


「ふふっ、大丈夫ですよ。


 それじゃあ、まず体温を測りましょうか。」


 奈津は体温計を差し出した。


「はい……」


 駿一は体温計を受け取り、脇に挟む。


 その何気ない仕草さえ、どこか現実味が薄く感じられた。


(何か……忘れている。)


 胸の奥がざわつく。


 思い出さなければならないことがある。


 とても大切な何かを――。


 それなのに、その記憶だけが霧の向こうへ隠れてしまっていた。


「どこか、お加減の悪いところはありませんか?」


 奈津はカルテを見ながら、優しく問いかけた。


 駿一は奈津の顔を見つめた。


 何かを話そうと口を開く。


 しかし、言葉は出てこない。


「……。」


 首を小さく横に振ることしかできなかった。

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