第70話
彩香は悲しげに目を伏せると、静かに口を開いた。
「……これは、駿一そのものなの。」
「えっ……?」
弘毅は思わず目を見開いた。
「ど、どういうことなんだ?」
彩香は部屋の中央で眠るように立つ駿一へ、ゆっくりと歩み寄る。
その横顔には、今も消えることのない悲しみが浮かんでいた。
「私たちは、この施設へ連れて来られたあと……隙を見て二人で逃げ出そうとしたの。」
彩香は駿一を見つめたまま話を続ける。
「でも、この施設はあまりにも広すぎた。」
「出口もわからず、私たちは迷ってしまった。」
「そして……捕まったの。」
弘毅は何も言わず、彩香の話に耳を傾ける。
「その時、駿一は彼と取引をしたの。」
「彼……?」
「マスターコンピューターよ。」
彩香の声が震える。
「私の命を助ける代わりに、自分を差し出したの。」
弘毅は思わず駿一を見つめた。
「だから私は、生きている。」
「こんな身体になってしまったけれど……。」
彩香は自分の機械の腕にそっと触れる。
「でも、その代わりに駿一は――」
その瞬間だった。
カッ……
閉じられていた駿一の瞳が、静かに開く。
弘毅は思わず身構えた。
静まり返った部屋に、低く落ち着いた声が響く。
「そうだ。」
駿一はゆっくりと弘毅へ視線を向ける。
「僕は、彩香の命を救うために……。」
一拍置いて、静かに告げた。
「彼――マスターコンピューターのサブコンピューターになった。」
部屋の空気が、一瞬にして凍りついた。




