第46話
やがて、弘毅を襲っていた激しい頭痛は、嘘のように静まっていった。
脳裏に浮かんでいた不思議な光景も、朝霧が晴れるようにゆっくりと消えていく。
「……大丈夫?」
奈津が不安そうな表情で、弘毅の顔を覗き込んだ。
「ああ……大丈夫だ」
弘毅は小さく頷き、奈津をまっすぐ見つめた。
そして、静かに微笑む。
「……一緒に行こう」
その一言に、奈津の曇っていた表情がぱっと明るくなった。
「うん!」
力強く頷いた奈津に、弘毅も自然と笑みを返す。
二人は狭間の診療所をあとにすると、狭間の愛車へ乗り込んだ。
エンジン音が静かな海辺に響き、車はゆっくりと走り出す。
バックミラーに映る診療所は、次第に小さくなり、やがて森の向こうへと消えていった。
ハンドルを握る弘毅は、前方を見据えたまま静かに口を開く。
「さて……これから、どこへ向かおうか?」
その問いに、奈津はバッグから一枚の写真を取り出した。
昨日、弘毅が見せてくれた、あの浜辺で撮られた写真だった。
「まずは、ここへ行ってみようよ」
奈津は写真を弘毅へ差し出しながら、優しく微笑んだ。
弘毅は写真と奈津の顔を交互に見つめる。
「いいけど……場所はわかるの?」
少し不安そうに尋ねると、奈津は自信ありげに頷いた。
「うん。たぶん大丈夫」
その笑顔には、不思議と人を安心させる力があった。
弘毅はそんな奈津を見つめ、小さく笑う。
「じゃあ、君を信じるよ」
車は海岸線の道を滑るように走り出す。
窓の向こうでは、青く広がる海が陽の光を受けてきらきらと輝いていた。
その景色のどこかに、自分の失われた記憶が眠っている――。
そんな予感だけを胸に、弘毅はアクセルを静かに踏み込んだ。




