第45話
弘毅は重い足取りで立ち上がった。
とりあえず狭間たちの遺体を診療所の中へ運び終えたものの、状況は何一つ好転していない。
むしろ悪化している。
誰が敵なのかも分からない。
次に何が起きるのかも分からない。
弘毅は奈津に背を向けた。
「ここで別れよう」
静かな声だった。
「僕のことは忘れるんだ」
そう言って歩き出そうとした瞬間――
奈津が後ろから弘毅の手を強く掴んだ。
弘毅は振り返る。
奈津は今にも泣き出しそうな表情で弘毅を見つめていた。
「行かないで……」
震える声だった。
「私を一人にしないで……」
弘毅の胸が痛んだ。
だが、それでも首を横に振る。
「駄目だ」
奈津の手をゆっくり振りほどく。
「ここから先は危険すぎる」
弘毅は奈津の目を真っ直ぐ見つめた。
「ここで起きたことは全部、僕がやったことにして警察へ行くんだ」
「えっ……?」
「そうすれば少なくとも君は守られる」
奈津は何度も首を振った。
「嫌……」
「奈津――」
「嫌よ!」
奈津は涙を零しながら叫んだ。
「また一人になるのは嫌!」
その言葉に弘毅は息を呑んだ。
奈津は弘毅の服を掴み、必死に縋りつく。
「お願い……置いていかないで……」
その姿はあまりにも痛々しかった。
次の瞬間――
ズキッ!
弘毅の頭に激痛が走った。
「ぐっ……!」
弘毅は頭を押さえ、その場に崩れ落ちる。
視界が揺れる。
意識の奥から、また誰かの記憶が浮かび上がってきた。
涙を流しながら自分に縋りつく少女。
奈津によく似ている。
だが違う。
その少女は――
茉里だった。
『行かないで……お願い……』
泣き崩れる茉里の姿が鮮明に脳裏へ映し出される。
弘毅は頭を抱えたまま、その記憶の奔流に飲み込まれていった。




