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第38話

「うるさいわね、このバカ犬!」


 愛華は腰に手を当てながら、自分を威嚇している子犬を睨み返した。


 子犬も負けじと唸り声を上げる。


 ウゥゥゥ……。


 一人と一匹はしばらく真剣に睨み合っていた。


 その光景に弘毅は思わず苦笑する。


 だが、そもそも目の前の少女が誰なのかわからない。


 弘毅は遠慮がちに口を開いた。


 「あの……」


 愛華が振り向く。


 「何?」


 「どちら様ですか?」


 一瞬、空気が止まった。


 愛華はぽかんと口を開けたまま固まる。


 「は?」


 数秒遅れて声が漏れた。


 「な、何言ってるのよ、駿一!」


 信じられないという表情だった。


 その時――。


 診療所の奥から声が聞こえてきた。


 「おーい! 今、愛華ちゃんの声がしたけど……来てるのか?」


 白衣姿の狭間が姿を現した。


 愛華はすぐに振り返る。


 「ねぇ、おじさん!」


 困ったような顔で狭間に詰め寄った。


 「駿一、おかしいよ!」


 狭間は小さくため息をつく。


 そして弘毅を見つめながら静かに言った。


 「ああ……」


 少し言いづらそうな表情になる。


 「愛華ちゃん。この人は駿一じゃないんだ」


 「え?」


 愛華の顔から笑顔が消えた。


 「駿一によく似ているけど、別人なんだよ」


 狭間の言葉に愛華は目をぱちぱちと瞬かせた。


 納得できない。


 そんな表情だった。


 「だって……」


 愛華は弘毅へ近づく。


 そして顔を覗き込んだ。


 「こんなにそっくりなのに?」


 次の瞬間。


 むにっ。


 愛華は弘毅の頬を両手で掴んだ。


 「ちょっ!」


 弘毅が慌てる。


 愛華はお構いなしだった。


 「目も鼻も声も同じじゃない!」


 ぐいぐい顔を引っ張る。


 「いたたたた!」


 弘毅は情けない声を上げた。


 その様子を見ていた狭間は苦笑した。


 「愛華ちゃん……その辺にしてあげなさい」


 しかし愛華はまだ納得していない。


 真剣な顔で弘毅を見つめる。


 まるで本当に駿一なのではないかと確かめるように。


 そんな二人を見ながら、足元の子犬は相変わらず愛華を睨み続けていた。

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