第37話
弘毅は昨夜、ほとんど眠れなかった。
夕食の間も、風呂に入っている時も、布団に入ってからも。
ずっと誰かの視線を感じていたからだ。
診療所の外。
森の向こう。
闇の中に潜む何者かが、ずっとこの家を見張っている。
そんな気がしてならなかった。
『あいつら……何者なんだ?』
昼間、森で見かけた黒服の男達の姿が頭に浮かぶ。
何度か窓から外を覗いたが、それらしい姿は見えない。
しかし気配だけは消えなかった。
まるで獲物を待つ獣のように。
だが結局、その夜は何事も起こらなかった。
誰かが侵入してくることもなく、朝を迎えた。
そして朝になると、不思議なことに気配は跡形もなく消えていた。
『一体、何だったんだ……』
弘毅はそんなことを考えながら、加奈子が作った朝食を口に運んだ。
◇
朝食を終えた弘毅は、昨日森で拾った子犬と遊んでいた。
子犬もすっかり懐いたのか、元気よく庭を駆け回っている。
その時だった。
バタン!
診療所の玄関が勢いよく開いた。
「駿一ーっ! どこーっ!?」
若い女性の大きな声が家中に響く。
弘毅が驚いて振り返ると、一人の少女が慌てた様子で飛び込んできた。
歳は奈津と同じくらいだろうか。
活発そうな雰囲気を持つ少女だった。
愛華である。
愛華は弘毅の姿を見つけた瞬間、ぱっと表情を輝かせた。
「もうっ! どこに行ってたのよ!」
そう叫ぶなり、一直線に駆け寄ってくる。
「心配したんだから!」
次の瞬間。
愛華は弘毅にぎゅっと抱きついた。
「おかえり、駿一!」
突然のことに弘毅は固まる。
「えっ……ちょっ……」
言葉が出てこない。
しかし愛華は涙ぐみながら笑っていた。
本気で駿一が帰ってきたと思っているのだ。
そんな愛華の姿に、弘毅は戸惑うしかなかった。
その時――。
ウゥゥゥ……。
低い唸り声が聞こえた。
二人の足元で子犬が毛を逆立てている。
鋭い目で愛華を睨みつけていた。
今にも飛びかかりそうな勢いだった。
愛華はようやく子犬の存在に気づく。
「えっ?」
子犬はさらに警戒を強める。
弘毅を守ろうとしているかのようだった。
部屋の空気が一瞬だけ張り詰めた。




