第35話
久しぶりに温かい食卓を囲んだ気がした。
加奈子の作った夕食はどれも素朴だったが、不思議と心に染みた。
弘毅は腹をさすりながら、大きく息を吐いた。
「ああ……お腹いっぱいだ」
満足そうに呟くと、そのままリビングのソファへ倒れ込む。
すると向かい側でビールを飲んでいた狭間が眉をひそめた。
「こらこら」
呆れたように笑う。
「そこで寝るんじゃない。自分の部屋へ行きなさい」
その言い方は、本当の父親が息子を叱るようだった。
弘毅は苦笑する。
「はーい」
そう返事をすると、ゆっくり立ち上がった。
案内されたのは、かつて駿一が使っていた部屋だった。
部屋のドアを開ける。
机、本棚、ベッド。
壁には写真やポスターが貼られている。
一見すると、ごく普通の青年の部屋だった。
だが――。
弘毅は足を止めた。
『何だ……?』
胸の奥がざわつく。
言葉では説明できない。
部屋に入った瞬間、何か得体の知れない違和感を覚えたのだ。
まるで、この部屋そのものが何かを隠しているような。
弘毅はゆっくり部屋を見回した。
机も本棚も整然としている。
特におかしなものは見当たらない。
それなのに落ち着かなかった。
誰かの視線を感じるような。
あるいは、ここで何か重大な出来事が起きたような。
そんな感覚だけが胸に残る。
『気のせいか……?』
そう思った、その時だった。
ズキッ――。
鋭い痛みが頭を貫いた。
弘毅は思わず額を押さえる。
景色が揺れる。
そして記憶の奥底で、何かが目を覚まそうとしていた――。




