第33話
弘毅は子犬を抱きながら、茂みの奥に身を潜めていた。
胸の中で子犬が小さく震えている。
弘毅自身も息を殺し、気配を消していた。
すると――。
ガサッ!
茂みを掻き分ける音と共に、数人の男達が姿を現した。
全員が黒い服に身を包んでいる。
サングラスを掛けた男までいた。
どう見ても普通の人間には見えなかった。
男の一人が周囲を鋭く見回す。
「アイツ、どこへ行った?」
低い声が森の中に響いた。
別の男も辺りを探るように視線を巡らせる。
「確かに、この辺まで来たはずだ」
「見失うな。必ず見つけろ」
男達は険しい表情で森の中を探し始めた。
弘毅は思わず息を呑む。
なぜ自分を探しているのか。
そもそも、あの男達は誰なのか。
何もわからない。
だが一つだけ確かなことがあった。
あの男達は危険だ。
理由は説明できない。
しかし本能がそう告げていた。
胸の中の子犬も低く唸り声を上げている。
まるで同じことを感じているようだった。
しばらく捜索していた男達だったが、やがて諦めたように顔を見合わせた。
「逃げられたか……」
「いったん引き上げるぞ」
そう言うと男達は森の奥へ消えていった。
再び静寂が戻る。
弘毅はすぐには動かなかった。
男達が戻ってくる可能性もあったからだ。
数分ほど待ち、完全に気配が消えたことを確認してから、ようやく茂みの中から姿を現した。
「何だったんだ……あいつら」
弘毅は男達が消えた方向を見つめながら呟いた。
胸の中の不安は消えない。
足元に降ろした子犬も、男達が去った方向をじっと睨み続けていた。
その様子に弘毅は苦笑する。
「お前も気になるのか?」
子犬は小さく鳴いた。
まるで返事をするように。
弘毅は子犬を抱き上げると、狭間診療所への道を引き返した。
◇
診療所へ戻ると、玄関先で加奈子が洗濯物を干していた。
弘毅の姿を見るなり、優しく微笑む。
「お帰りなさい」
その声を聞くと、不思議と心が落ち着いた。
「ただいま」
弘毅も微笑み返した。
加奈子は弘毅の腕の中の子犬に気づき、驚いたように目を丸くする。
「まあ、可愛い子ね」
しかし弘毅の心は晴れなかった。
加奈子と話しながらも、どこか落ち着かない。
背中に誰かの視線を感じる。
森で出会った男達の姿が頭から離れない。
まるで今もどこかで、自分のことを見張っているような気がしていた。




