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第32話

 ウゥゥ……。


 子犬は身体を震わせながら、警戒するように弘毅を見上げていた。


 今にも飛びかかってきそうなほど緊張している。


 弘毅はゆっくりと腰を落とした。


「大丈夫だよ」


 優しく声をかける。


「何もしないから。落ち着いて」


 子犬の目をまっすぐ見つめながら、静かに話しかけた。


 しばらく警戒していた子犬だったが、弘毅に敵意がないことを感じ取ったのだろう。


 やがて小さく鳴き声を漏らし、恐る恐る近寄ってきた。


 そして弘毅の足元に身体を擦り寄せる。


 弘毅は思わず微笑んだ。


「ごめんな。驚かせたな」


 そっと頭を撫でる。


 今度は噛みつこうとはしなかった。


「お前も一人なのか?」


 子犬は返事をする代わりに尻尾を小さく振った。


 その姿を見ていると、どこか自分と重なる気がした。


 行く場所もわからず、頼れる人もいない。


 今の弘毅もまた、一人だった。


 その時だった。


 ガサガサッ――。


 再び近くの茂みが揺れた。


 先ほどよりも大きな音だった。


 弘毅の表情が変わる。


 今度は子犬ではない。


 明らかに人の気配だった。


 身体が反射的に動く。


 弘毅は子犬を抱き上げると、小さく囁いた。


「おいで」


 子犬も何かを感じ取ったのか、大人しく弘毅の胸に収まった。


 弘毅は足音を殺しながら、素早く茂みの陰へ身を隠す。


 自分でも不思議だった。


 なぜこんな行動が自然にできるのか。


 まるで何度も同じことを経験してきたように。


 心臓の鼓動が速くなる。


 森の中に緊張が張り詰めた。


 ガサッ――。


 音は少しずつ近づいてくる。


 弘毅は息を潜めながら、その気配の正体を待った。

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