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第30話

「……」


 奈津の寂しそうな表情を見た瞬間、弘毅の胸が少し痛んだ。


 出会ってまだ数日しか経っていない。


 それなのに、奈津と別れるのが急に辛くなった。


 弘毅はその気持ちを悟られたくなくて、そっと視線を逸らした。


 そんな二人の様子を見ていた狭間が、苦笑しながら口を開く。


 「大丈夫だ。わしが付いているからな」


 その言葉は、不思議と安心感があった。


 加奈子も優しく微笑む。


 「そうよ。お休みになったら、また来ればいいじゃない」


 そう言って奈津の肩を軽く叩く。


 「私たちはいつでも待っているから」


 その言葉に奈津は少しだけ表情を和らげた。


 「……そうよね」


 奈津は小さく頷く。


 そして弘毅の方を向くと、少し照れくさそうに笑った。


 「じゃあ、また来るね」


 弘毅も微笑み返す。


 「ああ」


 本当はもっと何か言いたかった。


 けれど、上手い言葉が見つからない。


 奈津も同じだったのかもしれない。


 しばらく見つめ合った後、奈津は車へ乗り込んだ。


 エンジン音が静かな診療所の前に響く。


 やがて車はゆっくりと走り出し、道路の向こうへ消えていった。


 弘毅はその姿が見えなくなるまで見送っていた。



 奈津の車が見えなくなると、狭間は大きく背伸びをした。


 「さてと、仕事をするか」


 独り言のように呟くと、そのまま診療所の中へ戻っていく。


 加奈子も笑顔で続いた。


 「それじゃあ私は洗濯でもしようかしら」


 そう言って診療所の扉を開ける。


 まるで本当の家族のような自然なやり取りだった。


 気づけば弘毅だけが診療所の前に残されていた。


 静かな風が吹き抜ける。


 遠くから波の音が聞こえた。


 奈津がいた時は賑やかだった場所が、急に広く感じる。


 胸の奥にぽっかりと穴が空いたようだった。


 「……散歩でもしてくるかな」


 弘毅は小さく呟いた。


 じっとしていると余計なことばかり考えてしまう。


 自分は誰なのか。


 なぜ未来から来たのか。


 真理とは誰なのか。


 考えれば考えるほど答えは遠ざかる。


 弘毅はゆっくりと歩き出した。


 海風を受けながら、見知らぬ街の方へ――。

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