第30話
「……」
奈津の寂しそうな表情を見た瞬間、弘毅の胸が少し痛んだ。
出会ってまだ数日しか経っていない。
それなのに、奈津と別れるのが急に辛くなった。
弘毅はその気持ちを悟られたくなくて、そっと視線を逸らした。
そんな二人の様子を見ていた狭間が、苦笑しながら口を開く。
「大丈夫だ。わしが付いているからな」
その言葉は、不思議と安心感があった。
加奈子も優しく微笑む。
「そうよ。お休みになったら、また来ればいいじゃない」
そう言って奈津の肩を軽く叩く。
「私たちはいつでも待っているから」
その言葉に奈津は少しだけ表情を和らげた。
「……そうよね」
奈津は小さく頷く。
そして弘毅の方を向くと、少し照れくさそうに笑った。
「じゃあ、また来るね」
弘毅も微笑み返す。
「ああ」
本当はもっと何か言いたかった。
けれど、上手い言葉が見つからない。
奈津も同じだったのかもしれない。
しばらく見つめ合った後、奈津は車へ乗り込んだ。
エンジン音が静かな診療所の前に響く。
やがて車はゆっくりと走り出し、道路の向こうへ消えていった。
弘毅はその姿が見えなくなるまで見送っていた。
◇
奈津の車が見えなくなると、狭間は大きく背伸びをした。
「さてと、仕事をするか」
独り言のように呟くと、そのまま診療所の中へ戻っていく。
加奈子も笑顔で続いた。
「それじゃあ私は洗濯でもしようかしら」
そう言って診療所の扉を開ける。
まるで本当の家族のような自然なやり取りだった。
気づけば弘毅だけが診療所の前に残されていた。
静かな風が吹き抜ける。
遠くから波の音が聞こえた。
奈津がいた時は賑やかだった場所が、急に広く感じる。
胸の奥にぽっかりと穴が空いたようだった。
「……散歩でもしてくるかな」
弘毅は小さく呟いた。
じっとしていると余計なことばかり考えてしまう。
自分は誰なのか。
なぜ未来から来たのか。
真理とは誰なのか。
考えれば考えるほど答えは遠ざかる。
弘毅はゆっくりと歩き出した。
海風を受けながら、見知らぬ街の方へ――。




