第28話
ハッと我に返った加奈子は、慌てて床にしゃがみ込んだ。
「ご、ごめんなさい……」
そう言いながら、散らばった医療器具を拾い集める。
その光景を見た瞬間、弘毅の胸がざわついた。
――どこかで見たことがある。
そんな感覚が突然込み上げてくる。
しかし、それがいつのことなのか思い出せない。
次の瞬間。
ズキン――。
再び頭の奥に鋭い痛みが走った。
「っ……!」
弘毅は思わず額を押さえる。
脳裏に映像が浮かび上がった。
明るい食卓。
笑い声。
父親らしき男性。
優しく微笑む女性。
そして、その二人に囲まれて笑う少年。
映像はまるで古いビデオテープを早送りするように次々と流れていく。
だが、どれも断片的で掴むことができない。
その異変に気づいた狭間が声をかけた。
「大丈夫かね?」
医師としてではなく、まるで息子を心配する父親のような優しい声だった。
「駿一、大丈夫?」
今度は加奈子が不安そうに顔を覗き込む。
その呼びかけに狭間が眉をひそめた。
「加奈子。この子は駿一じゃない」
静かに諭すような口調だった。
「それに駿一は……」
その先の言葉は続かなかった。
二人とも、その事実を口にしたくなかったのだ。
「……そうよね」
加奈子は寂しそうに微笑み、小さく俯いた。
その表情には、一年間抱え続けてきた悲しみが滲んでいた。
その姿を見た瞬間だった。
弘毅の胸の奥に、言葉にできない感情が込み上げてくる。
温かい。
懐かしい。
そして、どうしようもなく切ない。
まるで長い間会えなかった大切な人を見つけたような気持ちだった。
気づけば弘毅は、加奈子を見つめていた。
涙が出そうになる。
なぜなのか、自分でもわからない。
ただ自然に、その言葉が唇から零れ落ちた。
「……母さん」
診察室の空気が、一瞬で凍りついた。
加奈子の動きが止まる。
狭間も驚いたように弘毅を見つめた。
奈津だけが事情を理解できず、きょとんとしている。
弘毅自身も、自分が何を口にしたのかわからなかった。
ただ胸の奥だけが、激しくざわついていた。




