第27話
「ええ……って、どういう意味だ?」
狭間は不思議そうな顔で弘毅を見つめた。
「……」
弘毅は口を開きかけたものの、何と説明していいのかわからなかった。
自分でも、自分の身に何が起きているのか理解できていないのだ。
そんな弘毅を見かねた奈津が口を開く。
「その人、たぶん記憶喪失なんだよ」
「記憶喪失……?」
狭間は眉をひそめた。
「名前も住んでいる場所も思い出せないんだって」
奈津が続ける。
狭間はしばらく黙り込み、それから弘毅へ視線を向けた。
「……そうか」
その目には医師としての冷静さと、どこか弘毅を案じる優しさが浮かんでいた。
その時だった。
診察室のドアが静かに開いた。
トレーに医療器具を載せた女性が入ってくる。
狭間の妻、加奈子だった。
「あなた、お薬を――」
そこまで言いかけた加奈子の動きが止まる。
彼女の視線は、ベッドに横たわる弘毅へ釘付けになった。
まるで時間が止まったかのようだった。
次の瞬間。
「……駿一」
震える声が診察室に響く。
加奈子の手からトレーが滑り落ちた。
ガシャーン――。
金属音が静かな診察室に激しく鳴り響く。
「駿一……!」
加奈子は信じられないものを見るような目で弘毅を見つめていた。
その瞳には驚きと喜び、そして悲しみが入り混じっている。
駿一。
それは狭間夫婦の一人息子の名前だった。
一年前。
不慮の事故によって命を落とした最愛の息子。
加奈子は今でもその死を完全には受け入れられずにいた。
だからこそ。
目の前の青年があまりにも駿一によく似て見えたのだ。
弘毅は困惑した。
初めて会うはずの女性が、涙ぐみながら自分を見つめている。
何が起きているのか理解できなかった。
「加奈子」
狭間が静かに呼びかける。
だが加奈子は反応しない。
視線は弘毅から離れなかった。
「加奈子!」
今度は少し強い口調だった。
ようやく加奈子は我に返る。
「……あっ」
狭間は小さくため息をついた。
「何をしているんだ」
そう言いながら床に散らばった器具へ目を向ける。
加奈子は慌ててしゃがみ込んだ。
「ご、ごめんなさい……」
だが、その手はまだ小刻みに震えていた。
そして時折、弘毅の方へ視線を向けてしまう。
まるで本当に死んだ息子が戻ってきたのではないかと確かめるように――。




