第26話
「ああ……」
弘毅は困ったように眉をひそめた。
そんな弘毅の様子を見た狭間は、奈津へ視線を向ける。
「こら。患者を質問攻めにするんじゃない。もう少し休ませてあげなさい」
少し厳しい口調だったが、その声には優しさも含まれていた。
「はーい……」
奈津は唇を尖らせながらも、素直にベッドのそばから離れる。
その様子に狭間は小さく苦笑すると、改めて弘毅へ向き直った。
「さて……少し診せてもらおうか」
そう言って、狭間は白衣のポケットから聴診器を取り出した。
弘毅の胸元にそっと当てる。
静かな診察室に、時計の針の音だけが響いていた。
「こんな症状は初めてかね?」
狭間は聴診器越しに心音を確認しながら尋ねる。
「え……?」
弘毅は戸惑ったように狭間を見つめた。
その時だった。
「昨日からだよ!」
奈津が待ちきれないとばかりに口を挟む。
「奈津」
狭間は振り返った。
「君には聞いていない」
「あっ……」
奈津はしまったという顔をする。
「少し黙っていてくれないか」
狭間が静かに言うと、奈津は肩をすくめた。
「ごめんなさい……」
先ほどまで元気だった奈津は、少ししょんぼりとした表情で椅子に腰を下ろした。
その姿を見て、弘毅は胸の奥が少し痛んだ。
本当は奈津だって心配してくれているだけなのだ。
狭間は再び聴診器を当て、弘毅の心音に耳を傾けた。
しばらく無言が続く。
まるで何かを確かめているようだった。
弘毅はその沈黙に耐えきれず、思わず視線を逸らす。
「どうなんですか……?」
不安そうに尋ねる弘毅。
しかし狭間はすぐには答えなかった。
やがて聴診器を外すと、静かな声で言う。
「そうか……」
そして改めて弘毅の目を見つめた。
「それで、君自身はどう思う?」
弘毅は奈津の少し寂しそうな横顔を見ながら、小さく答えた。
「ええ……たぶん、昨日からだと思います」
だが、その言葉とは裏腹に、弘毅の胸の奥には妙な違和感が残っていた。
本当に昨日からなのだろうか。
もっと前から、自分は何か大切なことを忘れていたのではないだろうか――。
そんな考えが、ふと頭をよぎった。




