第2話
“プシュー……”という重い空気音と共に、ギャラクシアのドアが閉じた。
ゆっくりと車体が動き出す。
窓の外で、無人のホームが静かに後退していった。
やがて列車は滑るように加速を始める。
ほとんど振動はない。
まるで巨大な生き物の内部にいるような、不思議な感覚だった。
弘毅は小さく息を吐き、近くの空いている座席へ腰を下ろした。
車内にはほとんど人がいない。
数えるほどの乗客たちが、互いに距離を空けるように静かに座っていた。
誰も会話をしていない。
窓の外を見つめる者。
目を閉じている者。
俯いたまま動かない者。
その空気は、どこか奇妙だった。
まるで全員が、“何かを終えた後”のように見える。
弘毅は無意識に右手を見る。
そこには、銀色のチケットが握られていた。
改めて見ても、奇妙なチケットだった。
行き先も座席番号も書かれていない。
中央にバーコードのような線が一本、刻まれているだけだ。
――これ、本当に切符なのか?
そう思った時だった。
「どうかなさいましたか?」
不意に声を掛けられ、弘毅は肩を震わせた。
振り返ると、先ほどのロボット車掌が立っていた。
銀色の丸いボディ。
どこか古臭いデザイン。
だが、その動きは妙に滑らかだった。
「あ……いえ。この席、座っても大丈夫なのかなって……」
弘毅がチケットを見せると、ロボット車掌は受け取って目を細めた。
次の瞬間、その黒い瞳がわずかに光る。
「――おや」
ロボット車掌は驚いたように声を漏らした。
「これは珍しいですね」
「え?」
「プラチナ・フリーパスです」
弘毅は思わず聞き返す。
「プラチナ……?」
「はい。国が年に数枚だけ発行する特別乗車券です」
ロボット車掌は穏やかに説明する。
「時代、区間、座席――すべて自由。ギャラクシアの全権限にアクセス可能な特別パスとなっております」
「全権限……?」
弘毅には意味がわからなかった。
そもそも、なぜ自分がそんな物を持っているのかさえ覚えていない。
ロボット車掌は銀色のチケットを丁寧に返した。
「このチケットをお持ちのお客様は、随分久しぶりです」
その言葉に、弘毅の胸が妙にざわついた。
「……僕、これをどこで……」
だが、最後まで言葉にならなかった。
記憶が曖昧だった。
思い出そうとすると、頭の奥に鈍い痛みが走る。
「お困りの際は、いつでもお呼びください」
ロボット車掌は軽く一礼すると、静かに車両の奥へ去っていった。
再び車内に静寂が戻る。
弘毅は深くシートへ身体を預け、窓の外へ目を向けた。
しかし、外の景色は何も見えなかった。
猛スピードで走っているはずなのに、窓の外には灰色のノイズのような光が流れているだけだ。
少しだけ、がっかりする。
未来の時間旅行なら、もっと特別な景色が見られると思っていた。
その時だった。
『間もなくギャラクシアは、時間加速領域へ突入します』
静かなアナウンスが車内へ流れる。
『タイムトンネル突入時、一時的に強い重力変化が発生いたします。お客様は座席からお立ちにならないようお願い致します』
車内の照明が、一瞬だけ明滅した。
乗客たちの表情が僅かに緊張する。
そして前方の窓ガラスの向こうに、巨大な光の渦が現れ始めていた。




