第1話
僕――鰆木弘毅は、誰もいない駅のホームに立っていた。
白いLED照明だけが、無人のホームを冷たく照らしている。
人の気配はない。
発車案内の電子音だけが、静まり返った空間に虚しく響いていた。
どうして自分がここにいるのか、弘毅にはわからなかった。
何処へ行こうとしていたのかも思い出せない。
気が付けば、右手には一枚のチケットが握られていた。
銀色に光る、不思議なチケット。
表にも裏にも文字はなく、中央に細いバーコードのような模様が刻まれているだけだった。
弘毅は小さく息を吐き、無意識にホームの先へ視線を向けた。
その時だった。
遠くの暗闇の向こうから、一筋の銀色の光が近づいてくる。
低く滑るようなモーター音。
やがて流線型の美しい車体をした新幹線が、静かにホームへと入ってきた。
車体側面には、青白い文字でこう表示されていた。
――《GALAXIA》。
弘毅はその名前に覚えがあった。
ギャラクシア。
国家公認の時間移動列車。
二十二世紀初頭に実用化されたタイムマシン技術を、唯一、一般公開レベルまで運用した特別列車だ。
人類は一度、時間移動技術を危険視し、厳重に封印した。
過去改変。
歴史犯罪。
時間汚染。
幾つもの問題が発生したからだ。
それでも人々は、過去へ行く夢を捨てられなかった。
だから国家は、完全管理下という条件付きで、“ギャラクシア”だけに時間移動を許可した。
列車が停止すると、“プシュー……”という空気音と共に自動ドアが開いた。
中から数人の乗客たちが降りてくる。
誰もが無言だった。
俯いたまま、弘毅の横を通り過ぎていく。
その表情は妙に疲れて見えた。
弘毅はなぜか胸の奥がざわついた。
――僕は、この列車に乗るのだろうか。
その時、車内アナウンスが静かに響く。
『間もなくギャラクシアは、2008年・東京へ出発いたします。ご乗車のお客様はお急ぎください』
2008年。
その数字を聞いた瞬間、弘毅の胸が小さく痛んだ。
理由はわからない。
だが、行かなければならない気がした。
どうしても。
何かを、取り戻さなければならない気がした。
気が付けば、ホームにいた他の乗客たちは慌てて車内へ乗り込んでいた。
そして再び静寂が戻る。
広いホームには、弘毅一人だけが取り残されていた。
すると車内から、小柄な人影が現れる。
ロボットの車掌だった。
丸みを帯びた銀色のボディ。
どこか昔のアニメに出てきそうな、少し古いデザイン。
だが、その黒いガラスの瞳だけは、不思議なほど人間らしかった。
ロボット車掌は弘毅を見ると、にっこり微笑んだ。
「お客様は、ご乗車なさらないのですか?」
弘毅はハッとする。
「あ……の、乗ります!」
自分でも驚くほど慌てた声だった。
なぜ乗るのかもわからない。
2008年の東京に、心当たりがあるわけでもない。
それでも弘毅は、導かれるようにギャラクシアへ足を踏み入れていた。




