第14話
奈津は、不安そうな表情で弘毅を見つめていた。
額にはまだ汗が滲んでいる。
本当に大丈夫なのか――そんな心配が、その瞳にははっきり浮かんでいた。
「……良かった」
奈津は少しだけ安堵したように息を吐く。
だが、すぐに真剣な顔になった。
「でも、名前も住んでる場所もわからないなんて……困ったよね」
そして何か手掛かりを探るように、奈津は身を乗り出した。
「何か覚えてることはないの?」
「覚えてること……」
弘毅は呟く。
未来の駅。
ギャラクシア。
銀色の髪の少女――彩香。
だが、それを口にしても信じてもらえるとは思えなかった。
弘毅は代わりに、自分の服のポケットを探り始める。
何か、自分の正体に繋がるものがあるかもしれない。
財布。
携帯。
学生証。
そんな当たり前のものを期待した。
だが、ポケットの中から出てきたのは――。
「……これ」
一枚の写真だった。
少し端が擦れた、小さなスナップ写真。
奈津は興味深そうに覗き込む。
「見せて」
弘毅が差し出すと、奈津は街灯の明かりの下で写真を見つめた。
そこには弘毅が写っていた。
その隣には、二十歳前後と思われる若い女性。
二人は穏やかな笑みを浮かべ、どこかの浜辺を背景に並んで立っている。
青い海。
白い砂浜。
夕日に染まる空。
まるで恋人同士が旅先で撮った記念写真のようだった。
奈津の表情が少し曇る。
「……この人」
弘毅は写真に視線を落とした。
だが、その女性を見ても何も思い出せない。
懐かしさも。
愛しさも。
何も。
ただ、胸の奥にぽっかりとした空白だけがある。
「ねぇ」
奈津は写真の背景を指差した。
「ここ、どこかわかる?」
「……うーん」
弘毅は写真をじっと見つめた。
海岸線。
背後にうっすら見える岬。
遠くの白い建物。
どこかで見たような気がする。
けれど、その記憶に手を伸ばそうとすると、霧の中へ消えていく。
一緒に写っている女性が誰なのかも。
この場所がどこなのかも。
何ひとつわからない。
弘毅はゆっくり首を横に振った。
「……ごめん」
声には悔しさが滲んでいた。
「全然、わからない」
奈津は写真と弘毅の顔を見比べる。
そして少し考え込んだ後、小さく呟いた。
「でも……」
「え?」
奈津は写真を見つめたまま、ぽつりと言った。
「この人……何だか、誰かに似てる気がする」
弘毅の胸が、どくんと鳴った。




