第13話
「……じゃあ、住んでる場所は?」
奈津は少し空気を変えようとするように、優しく訊ねた。
だが、その言葉に弘毅の表情が曇る。
しばらく黙り込んだ後、弘毅はゆっくり俯いた。
「……ごめん」
苦しそうな声だった。
「それも、わからないんだ」
奈津は一瞬言葉を失った。
「え……」
弘毅は膝の上で拳を握り締める。
名前も。
帰る場所も。
自分が何者なのかさえわからない。
まるで世界の中で、自分だけが切り離されてしまったみたいだった。
「そっか……」
奈津も困ったように小さく呟く。
どう声を掛ければいいのかわからないのだろう。
二人の間に、重たい沈黙が落ちた。
夜風だけが静かに吹き抜けていく。
弘毅はその空気に耐え切れなくなり、無理に笑顔を作った。
「もう良いよ」
わざと軽い口調で言う。
「大丈夫だから。友達、待ってるんだろ?」
少し突き放すような言い方だった。
これ以上、自分なんかに関わらない方がいい。
弘毅はそう思った。
だが奈津は帰ろうとしなかった。
むしろ真っ直ぐ弘毅を見つめる。
「大丈夫だよ」
その声は不思議なくらい真っ直ぐだった。
「私が付いてるから」
弘毅の胸が小さく揺れる。
「絶対、何か思い出せるよ」
奈津は自信満々にそう言った。
何の根拠もない言葉だった。
なのに、その言葉には妙な温かさがあった。
まるで、“信じて疑っていない”みたいな言い方だった。
その瞬間――。
ズキンッ。
「っ……!」
激しい頭痛が弘毅を襲う。
視界が揺れた。
脳の奥で、何かが無理矢理こじ開けられるような感覚。
『……私が付いてるから』
銀色の髪。
灰色の瞳。
タイムトンネルの中で、自分の手を握っていた少女。
彩香。
奈津の言葉が、あの少女の声と重なる。
「どうしたの!?」
奈津が慌てて弘毅の顔を覗き込んだ。
「大丈夫!?」
「う、うん……」
弘毅は痛みを隠すように顔を上げる。
「何でもないから」
無理に笑った。
だが額には汗が滲んでいる。
奈津はそんな弘毅を不安そうに見つめていた。
そして弘毅自身も、気付き始めていた。
奈津と彩香。
二人には、ただ“似ている”だけではない何かがあることに。




