8時の約束
高校1年の11月。登下校にも慣れて、電車通学から自転車通学に変わっていた。
とはいえ、小学校からの友達と「一緒に行こう」と約束をしていたので、途中のコンビニで待ち合わせることにした。
まるで、そのために作られたような立地のコンビニだった。
まだ携帯もない時代。僕たちはルールを決めた。
8時を過ぎたら、先に行く。
さすがに遅刻するまで待っていてとは言えなかったからだ。
自転車通学は、思っていた以上に寒い。
朝は早いし、坂を下ると風が刺さる。
それでも、指先以外は不思議と冷えなかった。
なぜって?下り坂を、クロスバイクもどきで全力で漕いでいたからだ。
朝の渋滞を横目に、自転車の方がずっと早いと思った。
待ち合わせ場所の反対側にたどり着く。
友の姿も、自転車の影もない。
時計を見ると、待ち合わせまであと10秒。
念のため、友が来るであろう方向を覗き込んだが、誰もいなかった。
深く息を吸い、学校の方を見つめる。
ゆっくりと吐き出しながら、18段ギアの中で一番重いペダルを踏み出した。
下り坂の勢いに背中を押され、スピードが上がる。
ペダルは羽のように軽く、油断すれば足が空回りしそうだった。
もう寒い時期なのに、なぜか汗だくだった。
教室に滑り込み、友の机を見たが、まだいなかった。
チャイムまであと5分。
どうやら車で20分かかる道を、15分で走り切ったらしい。
少しニヤけていたかもしれない。
そのとき、駆け込んできた友と視線が合う。
次の瞬間、胸ぐらを掴まれた。
「なんで待ってねぇんだよ?!」
思わず言葉を詰まらせたが、反射的に打ち返すように口が動いた。
「いや、待ってたよ。」
その瞬間、友の目がキッと細くなった。
自分の失言に気づいたときにはもう遅く、心の中で“しまった”とつぶやく。
「汗を見ればわかるだろ?」
そう言いながら、また余計なことを思い出す。
――最速記録だったかもしれない。
そう思うと、なぜか少し笑みがこぼれてしまった。
「なんだよ、その顔は!」
怒りの熱がまたぶり返す。
「いや、誤解なんだって」
「ってことは、やっぱり待ってなかったのかよ!」
一息の沈黙が、場の空気を変えた。
友の声が少しだけ弱まる。
自分が怒りすぎたことに気づいているようだった。
「ごめん。」
僕は悪くないと思いながらも、相手が納得しそうな言葉を探した。
「ちゃんと時計見たつもりだけど、見間違えたのかもしれない。」
そう言えば、一番早く収まる気がしたのだ。
――僕は、また間違った。
あいまいに終わらせようとした僕と、言いすぎて引けなくなった彼。
どちらの心にも小さな怒りが残った。
「だったら、はじめからそう言えよ。」
再び、強い語気がぶつかる。
「ごめん。」
そう言った瞬間、始業のチャイムが鳴った。
---
昼休み、いつものメンバーで集まった。
もちろん、彼もそこにいた。
「ごめん。」
「ごめん、俺も言いすぎた。」
それで、すべてが終わった。
――けれど、あの日の昼ご飯の味だけは、今も思い出せない。




