最後の手紙
彼は普段、目立たないというのは間違いかもしれない。
私から見ればあまり目立たないタイプだったが、
クラスでは案外、知られている存在らしい。
ぼんやりしているようで、授業はしっかり聞いている。
左手でノートを書いたり、机に修正液で模様を描いたり――
確かに、少し変わった人だった。
それでもテストのたびに彼は上位にいる。
勉強している姿を見たこともないのに。
「りくは、あんまり勉強しないくせに勉強できていいよね。」
テストのあと、そう声をかけた。
「そう?でも、授業聞いてればだいたいわかるでしょ?」
嫌味ではないことはわかっていた。
けれど、その穏やかさがどこか癇に障った。
私は――彼が気になっていた。
恋じゃないと思っていた。
だって私には彼氏がいる。
……でも、りくの言葉や仕草が、どうしても頭から離れなかった。
僕は、まあまあ勉強ができるほうだと思う。
けど、自分が特別だと思ったことはない。
みんなが楽しそうにしているのを見ているほうが好きだった。
自分は“傍観者”――そう思っていた。
「りくは、あんまり勉強しないくせに勉強できていいよね?」
そう言われるたび、少し照れくさくて、
少しだけ、誇らしかった。
彼女は彼氏がいるのに、よく僕に話しかけてきた。
真面目で、努力家で、僕とは対照的な人。
授業中、ふと視線を感じて振り向くと、
彼女と目が合ったことが二度あった。
偶然かもしれない。でも、
その“偶然”を信じたくなった。
中学三年。受験の年。
まわりが本気になり始めるころ、
僕の成績は下がっていった。
彼女の存在が、勉強よりも気になって仕方なかった。
僕は悩んでいた。
彼氏がいるのに、どうしてあんなに話しかけてくるのか。
彼女の笑顔が、ただの友情に見えなかった。
確かめたくて、
けれど、どうしても直接は聞けなくて。
僕はノートの切れ端を破って、
小さく文字を書いた。
「えみちゃんへ
聞きたいことがあるんだけど、今度話できない?
――りく」
それを、放課後の教室で彼女の机にそっと入れた。
心臓の鼓動が、机の中にまで響いていそうだった。
次の日。
教室に行っても、彼女の表情はいつも通りだった。
ただ、それ以降――彼女はもう僕に話しかけてこなかった。
机の中を何度も覗いた。
切れ端は、そこになかった。
知らないところで、その手紙は
彼女の彼氏の手に渡り、
無残に破かれてゴミ箱に捨てられたという。
彼女はそのことを知らない。
そして僕も、最後まで知ることはなかった。
あれから十年。
手紙なんてもう書かない年齢になったけど、
もし今、もう一度あのノートの切れ端に文字を綴れるなら――
「あのとき、君とちゃんと話したかった。
たったそれだけなんだ。」
そう書いて、
誰にも出さずに、静かに机の奥へしまうだろう。




