ティアリス王女視点
私は生まれつき運が悪かった。
道を歩けば石で転ぶ、庭で遊べば踏んだところがぬかるんでいて、こけて服を汚してしまいます。
屋敷を歩いていたら窓ガラスに小型の鳥が突っ込んで割れてしまったり、使用人が掃除中、うっかり近づいてしまいバケツをひっくり返してしまいました。
こんなことを繰り返してきた私はいつしか周りから「非運王女」と言われるようになりました。
いつしか私は周りの目が怖くなり、一日中自室で過ごすようになってしまいました。
大好きだったお散歩も、お庭でお母様とお茶会もしたくない、魔法の勉強も訓練も何もかもが嫌になってしまいました。
いつしか私は笑絵なくなり無気力で毎日を部屋で堕落していました。
……そんなある日の夜のことでした。
心配に思ったお母様とお父様が引きこもる私の自室を来てくださいました。
お仕事で忙しいのに、無理して時間を作って下さいました。
その日はお父様とお母様が同じベッドで寝てくださいました。嬉しかったです。
その時、お母様がお話をして下さいました。
幼い頃に聞いたお話ですが、今でも鮮明に覚えています。
「笑顔でいれば影から妖精さんが守ってくれますよ」
「……本当ですの?」
「ええ。本当です。私もお父様も妖精さんに守ってもらった事あるもの。だから、ティアリス。どんな辛い時があっても笑顔を忘れてはいけませんよ」
「わかりました」
幼かった私はその話を鵜呑みにしました。
その日は妖精さんの話の他に世界を救った英雄の冒険譚も聞かせてくれました。
幼い子供ってなんでも信じてしまうのですよね。
私はお話を聞いた次の日から少しずつ外に出ることにしました。
嫌になっていた魔法の訓練も励むようになりました。
お母様から物語を聞いて、世界を旅してみたいと思ったからです。
思えば私が魔法学園に入学したいと思ったきっかけもお母様のお話に影響を受けたのでしょう。
前向きになって笑顔でいるようにしてから、私の日常に変化がありました。
まず歩いて石で転ぶことがなくなりました。お散歩中にぬかるみを踏むことがなくなりました。
……当時の私は妖精さんが守ってくれているというお母様のお言葉を信じ続けていました。
お母様にお話を聞いた次の日から何か不思議な人が近くにいると何故か感じることがあったのでそれが妖精さんだと思うようになりました。
その妖精さんがいると謎の波長のようなものを感じたのです。
ですが、成長するにつれてその考えは変わっていきました。
理由は私には特殊な体質があったようです。
人の発する魔力の余波を感じることができる。
波のようなもの、何となく感じることができるのです。その波長は人から発しられることはすぐにわかりました。
そして、妖精さんからもその波長は感じられたのです。
私には妖精さんがついているのではなく、誰かの手によって不運の元凶が取り除かれているのだと気が付きました。
散歩の時も、屋敷を歩く時も……(流石に自室にいる時はなかったですが)誰かが私の近くにいてくれた。
どうやら私はその人の微弱の波動を感じ取れるようです。何故出来るのかはわかりませんが。
ほとんど勘のようなもの。不思議となんとなく近くにいるんだなと……そういう感覚です。
別に嫌ではありませんでした。
一日中近くにいることを感じるのですが、安心感がありました。
影から守ってくれる私だけの騎士様。
いつしか私は影騎士様と呼ぶようにしました。
私はずっとこの人に影から守られているのだと思うと安心しました。
ただ、毎日一緒にいるわけではなく、一週間に一度は気配が感じなくなるのです。
そんな日は部屋でゆっくり過ごしました。
だって外に出るのが怖いんですもの。
いつしか私を笑顔にしてくれる影騎士様は憧れになりました。
私も人を笑顔にできる人になりたいと思うようになりました。
善行は助けた相手も自身も心地よい気持ちになる。
心がポカポカになります。
時が経つのは早いもので、気がつけば私は魔法学園に入学していました。
もちろん大きくなっても夢は変わりません。世界を旅する。
魔法学園に入学することはお父様は猛反対されました。
私の不幸体質を心配してくれたのだと思います。こんな私が世界を回るなんて危ないと思ったのでしょう。
私は言いました。「私は妖精さんが守ってくるから大丈夫です。お母様は許可をくださいました。どうしてもダメというならお父様とは二度と口聞きませんから」
そう言ったらお父様は難しい顔をしていましたが、学園を首席で卒業したらという条件付きで許してくれました。
本当にお父様は私に甘いです。
ですが、学園生活ではうまく過ごせるか心配でした。
学園までは影騎士様は来てくれないかもしれない。不安で胸が押しつぶされそうになりました。
ですが、杞憂だったようです。
学園生活中影騎士様は常に私の近くにいてくれました。
流石に学園の中で常に私の近くにいるわけではない。
夜はいないようです。
多分休憩しているのかもしれません。
私は影騎士様を見たことがありません。
なので人通りがない時に何度か後ろを振り向いたこともありましたが、誰もいない。
本当に妖精さんのようだなと思いました。
もしかして、本当に妖精さんかもしれない。
一体どんな見た目をしているのだろう、もしかして可愛い見た目?案外私よりも小さいかも。
かっこいい王子様のような人?
私は毎日学園を過ごす時いつもそう思って暮らしていました。
ちなみに私は学園では常に1人です。
学園では身分統一されています。
私は自分で言ってはなんですが、人に好まれる容姿をしていると思います。
それが原因で毎日のようにお付き合いの申し出があり断り続けました。
中には魔法の決闘で勝ったら付き合ってほしいと言われたこともありましたが、圧倒的な実力差を見せつけ心をポッキリ折り続けました。
結果、生徒からは疎まれ、近寄りがたい印象を持たれてしまい孤高の存在になってしまいました。
……言い訳させて下さい。だってお父様から旅に出るためには学園最強にならなきゃダメって言われたんです。
学園最強になるには対人戦も経験しなければいけません。
なので、迫ってくる障害を排除しただけですのに。
こうなったのはもしかして私に運がなかったからでは?
今思えば決闘をしてきたお相手は皆名門出身ですが、女癖が悪かったり変な性癖もってる変態さんだったりしたんです。
……もしかして私男運がないんですか?
燃えるような恋をしたいと思っても、その相手ができるかどうかもわかりません。
……色々やらかしてしまった時には時既に遅く、今ではお友達はできません。
でも、いいんです。一人ではありませんもん。私には影騎士様がいるのですから。
そう言い訳しつつも学園生活を送りました。
そんな順調か微妙な学園生活ですが、一番運がないなと思ったのはやはり揚げパンが買えないことかもしれません。
学園名物の揚げパンが入学してから一度も買えたことがないのです。
授業が終わったら早く並ぶようにしているのに、毎回私の順番になったら売り切れてしまう。
多分、私は運が悪いのでしょうね。
こればかりは影騎士様では難しいようで、入学しても数ヶ月経っても買えません。
いつしか「ティアリス王女の揚げパン境界線」なんてふざけた噂が流れるようになりました。
ですが、私はめげずに毎週並び続けます。
……そんなある日のことでした。
揚げパン販売当日の昼前の講義。
いつものように授業を受けていると、影騎士様の気配が消えました。
でも、気配が消えるのは気まぐれにあるので今回もそれかなと思いました。
そう思いつつ揚げパンを買いにいくため講義の呼び鈴が鳴った瞬間私は急ぎ購買に行きました。
「はぁ、今日こそは買えますかね?」
ついた時にはすでに行列ができていました。
今日こそはと決意を改め、並んだのですが。
「あ、今日は買えるわ」
「よかったぁ」
酷くないですか?!
私が並んだ瞬間毎回これですよ。
私が列に並ぶと毎回のように前に並んでいる人は毎回口にする。私が列に並ぶと私の後ろは決まって並ぶ人がいなくなる。
いても数人。
そのまましばらく列に並んでいると、ついに私の順番が迫ってきました。
私の前に5人並んで残りは揚げパン6個。
あ、今日は買えるかも。
そう期待しましたが……。
「揚げパン二つください」
「……あ」
いつも絶対二つ買っている太って……少しふくよかな男子生徒が買ってしまいました。
「……ああ、お嬢ちゃん今回も惜しかったね」
いつも揚げパンを売っているおばちゃんは今日も同じような結末に苦笑い。
今日もダメでした。
そう考え重い足どりでその場を後にした……その時でした。
「待ってお嬢ちゃん!最後の一つあったよ!」
……幻聴かと思いました。
でも、後ろを振り向くと揚げパンを持っておばちゃんが私を呼び止めたのです。
……私はそれを見た瞬間体が刹那で軽くなりました。
「揚げパン一つください!」
「はい、毎度あり。よかったねぇ」
「はい!」
もしかしたら生まれて一番嬉しかったかもしれない。
なんたる幸運、こんな偶然があるなんて。
……そこでふと、影騎士様が用意してくれたのかもしれないと思いました。
でも、こんな偶然起きるわけがない。
これは私が毎週諦めずに並び続けた努力の結果ですよね。
自分で掴み取った幸運。
そう結論づけました。
流石に影騎士様は私を不運から守ってくれるわけで、こんなことできるわけありませんからね。
私はルンルン気分で揚げパンの入った袋をを大切に持って空いてる席に向かいました。
「ああ、どんな味なんでしょう」
だが、その束の間でした。
後ろから女子生徒二人とおばちゃんの声が聞こえたのです。
よく見たら揉めているのは最近短期留学できていた隣国の双子王女様でした。
「ごめんね。もう全部売り切れてしまってねぇ」
「本当にないの?探したら一つくらいあるんじゃない?」
「え……学園の名物と聞いて楽しみにしていたのですが」
そうでした。
短期留学は10日で今日しか買うチャンスがない。
揚げパンのこと多分詳しく調べてなかったのかもしれないと思いました。
悲しそうにする双子の王女様。
私は気がつけば近づき揚げパンを双子に手渡していました。
「こちら……よろしければ」
「「え?」」
「これはあなたが買ったやつなんでしょ?もらえないわ」
「そうですよ。受け取ることはできません」
「気を使わなくても大丈夫ですよ。私はいつでも買えますので安心してください。せっかく遠くの地からハルバトス王国に来てくださったのです。何か悔いを残してほしくない」
二人は受け取らないと言っていたが、無理やり押し付け、微笑みながらそう言いました。
結果的に、二人はそれを受け取り、感謝をしてくれました。
「……ああ、何しているんでしょう私は」
困っている人、悲しい顔をしている人は放っておけない。
「私の性分かもしれませんね。……今度は買えたらいいですね」
少し胸がモヤモヤしますが、すぐに私は気持ちを切り替えました。
これで二人は悔いが残らず母国に帰れるのですからね!
でも、私がした善行の後、幸運が返ってきました。
揚げパンの件から数日後でした。
お母様から届いた少し分厚い本が届いたのです。
少し読むのに抵抗がありましたが、冒頭だけ読んでみると……つい夢中になってしまったのです。
物語の続きが気になりすぎてしまい、一週間かけて徹夜で読み進めました。
最後のクライマックスの時なんて気がついたら朝日が差し込んでいました。
夢中になると後先考えずに行動してしまう、私の悪い癖です。
結果少し仮眠をとったものの、不覚にも目覚ましをかけ忘れいつもより起きる時間が遅くなってしまいました。
急いで学園へ向かうとギリギリでしたが、間に合う列車に乗ることができました。
ですが、再び不運が訪れたのです。
「こいつの命が欲しけりゃ黙ってその手錠をつけやがれ!」
列車ジャックに遭遇してしまいました。
しかも流れるような連携で犯人たちは人質を取り、車両内は監禁状態になりました。
人質になってしまった女の子は顔を真っ青にして泣いていました。
私はそんな状況でも冷静でした。だって私には影騎士様がいるのですから。
そう思い、人質を解放させるために魔封じの手錠をつけ名前を名乗りました。
「私はハルバトス王国第一王女ティアリス=ハルバトスです。私が人質になりますのでこの車両にいる人たちを解放してください」
「ほぉ……俺たちは運がいいなぁ。まさか王女が乗ってるとは……ぐへへ」
「いいなぁ。綺麗すぎんだろ」
少し震える体に鞭を打って近づきます。
大丈夫、必ず影騎士様が守ってくれる。
頼りすぎるのは悪いことだと自覚しています。でも、私がどうにかしないと人質の女の子がどうなってしまうか。
「な……」
「あ…あれ」
「う」
ああ……やはり助けてくれました。
犯人たちは一瞬で無力化されてしまったのです。
私はそのまま男たちから魔封じの手錠の鍵を取り出し開錠しました。
「……え?」
途端、私は困惑しました。
それは突然足元に落ちたくしゃくしゃに丸めてある紙があり、内容を読んだ瞬間だった。
『君の行動は自分を顧みない愚かな行為だ。自分を大切にしなさい』
その言葉は私を心配してのメモでした。でも、私はその手紙をお別れの手紙と思ってしまった。
……いやだ。お別れなんて嫌だ。
無意識でした。
周囲に魔力を放出させ人を探ります。
もちろん人には害はありません。少し驚くくらいですね。
「サーチ」魔法の一種です。魔力量の消費が激しいこの魔法。
普段ならば影騎士様には気が付かないかもしれません。
ですが、ここは密室で紙があるということはすぐ近くにいる。
そう思い行った結果。
「……見つけた」
不自然な魔力反応。
わずかに感じる違和感に私は迷いなく近づき腕を掴みました。
「やっと捕まえました。私の影騎士様」
「?!」
私は嬉しさのあまり言ってしまった。
その人は黒髪赤目の目つきが鋭い。私の通う学園の制服を着ていて身長は私より少し高く、痩せていました。
この時の私は嬉しすぎるあまり興奮してしまい、記憶がありません。
絶対に逃したくないと手を離さなかったことだけは覚えています。
記憶がはっきりとあるのは彼と喫茶店に入った後からです。
冷静になったというべきでしょう。
ああ、穴にあったら入りたい。
恥ずかしさのあまり影騎士様の顔が見れません。
「理由をお聞かせ願いますか?」
しかし、気を遣ってくれたのか、影騎士様話を振ってくださいました。
この人の魔力の波長は6歳から感じているものと同じでした。つまりこの人が私がずっと会いたかった人。
それがわかっただけでも嬉しいのに、影騎士様は優しいお方だった。
そう思うと少し冷静になれました。
……色々と考えなしで動いてしまいましたが……今日の一連を通して一つやりたいことをできました。
この人のことを知りたいと思いました。
私の不幸体質の理解があり、今までずっと支えてくれた。
今まで私をずっと守ってくれた、勇気をくれた。泣き虫だった私を変えてくれた影騎士様。
何が好きなのか、普段何をしているのか……どんなことも知りたいのです。
ワクワクした気持ちになります。
「影騎士様、お名前はなんというのですか?」
「……クロードと申します」
ぎこちない返事ですが、名乗ってくれました。
偽名かもしれませんが、今はいいでしょう。ずっと影騎士様と呼ぶのも恥ずかしいですし。
「クロード様ですね。ご存知かもしれませんが、私はティアリス=ハルバトスです。よろしくお願いします」
「……はい」
だいぶ緊張されてますね。
あまり長話をするのも申し訳ないので、本題に入るとしましょう。
私が聞きたいのはこの手紙の意味、でもその前に一つ確認したいですね。
「私が6歳の時から貴方が警護をしてくださっていたことは知っています。お母様とお父様から聞いていますから。それに寮から学園までの登校、学園生活でも常に近くにいたことはわかっています」
「な?!」
明らかな動揺、やはり影騎士様はお父様からのお願いだったのですね。
これで、確信しました。
クロード様が昔から私を守ってくれていた影騎士様だと。
そして、核心をつく質問。
「もしかしてクロード様は私の前から姿をくらませようとしましたか?」
「……否定はしませんよ」
ああ、あの時クロード様を拘束した過去の自分を褒めたいと思います。
行動していなかったら影騎士様と永遠に別れるかもしれなかったのですから。
これから私は悪いことをします。
一生に一度の悪事です。
「もしも今から言う私のお願いを断ったらお父様に今日のことを全て報告します。そして、私に卑猥なことをしていたともいいます。それを聞いたらどう思いますかね?」
下手したらもう繋がりが切れるかもしれない。
では、そうならないためならどうすればいいでしょう?……それは一番簡単なことでした。
パーティを組んで貰えばいい。
私は将来冒険者というものになる予定です。合法的に縛り付ける手段。
断られたらどうしましょう、そうだ。学生証を見せてもらいましょう。それで、本名を知り、名簿からどの家出身、住所も調べましょう。
私はこの方を手放せない。
絶対に逃したくない。
なので、私は人生で一度だけ悪いことをしたいと思います。
「それが嫌なら私とパーティを組んでください」
ずっとそばで支えてくれて、私に勇気をくれた恩人。
近くにいるだけで安心させてくれる。
私にいろんな初めてを教えてくれた人。
絶対に……逃しませんよ。
私だけの影騎士様?
最後まで読んでくださりありがとうございました。