第六章(三)「必ず魔物を使って攻撃してくる」
まさかズエンカに、恋人とは……いや、今やもう彼女も子どもじゃないんだし、そういう関係の男性がいたって少しも不思議じゃない。
「──おっと、自己紹介が遅れてしまったね! おいらの名はザッバ、ご覧のとおりの大道芸人さ! それで、一体全体どうしてズエンカにブン殴られたりしたのさ?」
ザッバと名乗った青年は、時折チラチラとこちらを振り返りながら訊ねてくる。ぼくは顔を苦み走らせて、言った。
「──ぼくは、ズエンカの故郷の町まで、彼女と旅をしたことがあるんだ。そこからぼくは旅を続けるつもりだったんだけど、彼女はぼくに町に留まってほしいと言った。だから──彼女に黙ってこっそり町を出た。そのことでズエンカは──」
「もし旅に出るんなら、あたしも一緒に行く──とも言ったよね?」
「そうそう。そんなとんでもない無茶なことを言うもんだから、こっそりと──」
ブンと音がなりそうな勢いで、ぼくは上半身をひねって背後を向いた。
そこに、後ろからリヤカーを押している、口をへの字に曲げてむっとしている少女がいた。
少女と言っても、日本じゃ中学三年生から高校一年生になろうかという年頃だ。見ない間にすっかり大人びてしまっている。
具体的には、身長は三十センチメートルぐらい伸びただろうか。手足はすらりと長くなり、それに──全体の輪郭が丸みを帯びている。
太った、という意味ではなく。
品のない言い方だが、オンナの身体になったというか、ちゃんと出るトコが出て引っ込むトコが引っ込んだというか。
立派に育った、と言えば聞こえがよいが……年の離れたきょうだいというか、ともすれば父親と娘みたいな関係で長年連れ添った彼女を、そんな目線で見てしまう自分が気持ち悪い。
「な、なんだ、そこにいたのか。ズエンカ、大きくなった……ねえ」
「そりゃ八年も経ちゃ、大きくもなるっての。その間、どんだけあんたを恨みに思っていたか。一発ぶん殴ったぐらいじゃ済まさないからね」
ただでさえ怒気を帯びた彼女の視線が、ますます厳しくなる。ズエンカからひしひしと伝わる憎しみのオーラに寒気を覚えながら、ぼくは顔をうつむかせた。
「……許してもらおうとは、思わない。でも、あれからもぼくの旅は思ったとおり危険で、とても大変なものだった。まだ小さかった君を置いていったことは、今でも正解だったと思う」
「だけど……!」
「そもそも、なぜ一緒に行きたいなんて言うのかが分からない。やっと親戚の元で、落ち着いて暮らせるようになったんじゃないか。なのに、子どもがあてもなく旅に出たい理由なんてないだろう?」
「……それは、その……あたしは……!」
ズエンカは何か言葉にしにくそうに、ところどころ言い淀む。その時、背後から大きな笑い声が浴びせられた。
「あっははははは! ハイアートさんさ、おまえさんってば相当、ニブい男だねえ! 要するにアレだよ、ズエンカはただ、おまえさんと──」
「うるさい、うるさーい! 黙れザッバ! だいたい、あんたとは一週間ぐらい前に初めて会ったばかりじゃない! 何が『お熱い仲』よ!」
「いいじゃないか、いずれそうなる運命なんだからさ! 善は急げってヤツさ!」
「ふざけんな! あんたとだけは、三度死んで生まれ変わったって絶対にそんな運命なんかにならないから!」
えーと、これは、つまり。
ザッバの方が、勝手に恋人認定してるってだけか。
「……なんだ、そっか。ははは」
なぜか、乾いた笑いがこぼれた。
その時。
「……!」
ぞくりとする悪寒。
それはぼくがイダラバの難民たちを探し、そして発見し、そしてズエンカに伸されて意識のない間も効果を持続していた、防衛魔術によって感じたものだ。
どんな生物でもない異質なものが、数キロメートル先の上空から、こちらを目がけて迫っている。最初の一体を感知した後、それは瞬く間に四つに増えた。
荷台の脇から飛び出して、少しふらつきながら着地する。
「あ、おいおいハイアートさん! 無理しないで、もう少し寝てなよ!」
リヤカーを止めて、ザッバが叫ぶ。ぼくはかぶりを振った。
「お言葉に甘えたいが、それどころじゃない。魔界軍が追ってきている──ザッバ、君はズエンカと一緒にみんなに伝えて、できるだけ早くここから離れるんだ」
ぼくの警告が唐突すぎたせいか、ザッバは要領を得ないといった風に、辺りをキョロキョロしている。
「えっ、魔界軍? 本当に? はてさて、そんなのどこにも見えないけど──」
「ザッバ、本当だよ。ハイアートはね、魔術ですごく遠くから敵が近づいてくるのが分かるの」
ズエンカの語気に真実味を感じたのか、ザッバは、ごくりと息を呑んだ。
「なんとなんと、本当の本当にマジなのか……おいらたちを逃がして、ハイアートさんはどうする気なんだ? 戦うのか? いくら魔術師っつっても、魔界軍が相手じゃヤバすぎる!」
「大丈夫。ハイアートはただの魔術師じゃなくて、『六行の大魔術師』なんだから」
「えっ。えっ? えええっ?」
魔界が、ダーン・ダイマの各地で戦争を仕掛けるようになって二年弱。
勝てた戦いは多くなかったが、方々で魔界軍が攻め入ってきた街や村の防衛に馳せ参じるうちに、ぼくの別名はますます世界中に知れ渡るところとなってしまっていた。
ザッバも数々の逸話とともにその名を存じ上げている様子ではあるが、ズエンカのまるで「近所の親しいお兄ちゃんを紹介する」ぐらいの軽いノリでは、彼の困惑げな反応はさもありなんというものだ。
「…….ま、そういうことなんで。じゃあザッバ、あとはよろしく頼んだよ」
ぼく自身も、できればズエンカのように接してくれた方が気が楽だ。近所の頼れるお兄ちゃん気取りの軽いノリでニヤリと微笑み、親指と小指を立てた右手を振りながら、その場を離れた。
「──来たぞ、アレだ! 見えたか?」
指先を向けて、空に広がる雲の白さの中に黒いシミのように浮かぶ影を差し示す。弓が扱える者をかき集めて即席で編成された兵士たちは、重苦しい表情でうなずきを返した。
「総員整列! 矢、つがえ!」
総員といっても十人にも満たない弓兵が横一列に並び、一斉に矢を引きしぼる。敵影は急速に迫り、その姿を明らかにした。
タカを何倍にも大きくしたような形の魔物だ。
鳥と言うには規格外に巨大で、まさに怪鳥と呼ぶにふさわしいその首元には、人の形をした影がまたがっているのも見て取れる。
幾度もの戦いの経験から、魔界軍の魔物について分かっていることが三つある。
その一つは、攻めてくる魔物には必ず魔術師らしき者が帯同していること。
詳しいことは不明だが、十中八九、魔物は魔術で操られていると見ていい。
もう一つは、魔物一体ごとに、魔術師一人が帯同していること。
ここから推測するに、魔物を操作する魔術は強い魔力を要する、コントロールが複雑なものであるなど何らかの理由があって、一度に複数の魔物を操れるものではないらしい。
あと一つは──
「──放て!」
ぼくの号令を受け、渡り鳥のように固まって飛来するタカ魔物らの中心に向けてぼくが撃ち出した魔力の光を追いかけて、数発の初弾が駆け抜ける。
魔物たちはパッと散開し、魔力弾も矢も何にも当たらずに虚空に消えていった。
「矢、つがえ! 放て!」
その内の一体に向けて、魔力弾を発射すると同時に、号令。
魔物は空中で大きく弧を描いて、次弾もすべて簡単にかわした。
ぼくは三の矢、四の矢とこれを二度繰り返した。それらもまったく被弾しなかったが、四つの敵影のうち二体が、高空からこちらに急激に迫ってくるのが見えた。ぼくはわざと威力の低い魔力弾を撃っていたので、大したことのない相手だと思って攻撃に転じたのだろう。
ぼくが魔界軍の魔物について学んだ、あと一つは──魔物を操る魔術師は、魔物の操作以外に力を割く余裕がないのか、自身の魔術では攻撃してこないということだ。
つまり、攻めてくる時は、必ず魔物を使って攻撃してくる。
そして今まさに、本物のタカが地上のウサギを狩ろうとするように、急降下でそのかぎ爪をぼくたちに食い込ませんと襲いかかってきたのだ。
ぼくは左手を後ろ手に隠し、その掌中に目いっぱい練り込んだ火精霊力を、ぽんと目の前に放り込む。
直径十メートルほどの灼熱の火球が一瞬で生まれ、勢いよく突っ込んできた二体と二人は、哀れにもその紅蓮を避ける術がなかった。




