第四章(六)「それが武術です」
まず、ぼくとナホイが絶句して、お互いの顔を見合わせた。少し遅れて、周囲の傭兵稼業らしき荒くれたちの間に動揺が広がっていく。
「マジか! ナホイの槍さばきを間近に観られるのか!」
「こいつは見ものだぜ! よう兄ちゃん、ナホイ相手にどこまでやれるか、楽しませてくれよな?」
それから次第に、四方からはやし立てるような声がかけられるようになり、ぼくとナホイはお互いあきらめたように肩をすくめた。
「何つーか、やるしかねえようだな。しかし、その──ハイアート、おまえはどう戦うんだ?」
「……槍なら、それなりに使える。問題は──今、ぼくがそれを持ち合わせていないってことだね」
苦笑しながら答えると、周りからどっと嘲笑が浴びせられた。
「おいおい……おまえさん、食い詰めて得物を質に流しちまったのか?」
「ザマァねえなぁ。雇われに来て、何をする気だったんだよ!」
ぼくには槍より強い武器があるからだ、とも言えず。
何も言い返せないままひとしきり馬鹿にされまくって、その後に野次馬の中の一人が、自前の槍を掲げながら歩み寄ってきた。
「しょうがねえから、俺のを貸してやるよ。見物料だ」
「いいの? ありがとう。ご期待に沿えるよう、がんばらせてもらうよ」
槍を受け取って一礼し、ナホイの方を見やる。彼は背中に負っていた長柄の帯の結び目をほどきながら、歯を見せて笑った。
「よーし、おまえら場所を空けろ! 見ててもいいが、騎士殿のご検分のじゃまにならん所まで下がるんだ!」
ナホイが一喝すると、傭兵たちが一斉にぼくたちから距離を取り、直径十メートルほどの人垣の囲いが出来上がった。舞台まで整ってしまっては、もう後に引けない。
「……さて、用意はできたようだな。いっちょやってみっか!」
槍の穂先を数回しならせ、それから胸の高さにピタリと止めると、ナホイは腰を落として臨戦体勢をとった。数メートルの距離を置いて彼の真正面に相向かったぼくは、右手の長物の重さを確かめるように二度振ってから、左手を添えて左前に構える。
「まさか、本気でやろうだなんて思っちゃいないよな?」
「そいつぁ愚問ってヤツだ。戦場じゃー『手抜き』って言葉は、『自殺』と同じ意味になるんだぜ?」
全身がぶるっと震えた。
負けることへの怖れか。それとも、己の力量を試せることへの「武者震い」なのか。
「分かった。全力でやらせてもらうよ」
「おう。ごたくはそれぐらいにして、さっさとかかってきな!」
ぼくはこくんと頭を上下させて、それから一歩、前に出した左足を進めた。
同時に出た胴体を狙う突きを、ナホイが柄の手元に近い部分で叩いて、左下に押し下げようとする。
腕先だけの動きなのに、身体ごと持っていかれそうなほどに重い。
やはり、見た目に違わぬ筋力。
そこが勝負にならないことは、槍を交える前から明白だ。
『──ハイアート様、いけません。力で押されるとつい反射的に身を固くして踏んばってしまいがちですが、腕力でかなわぬ相手に力で対抗することは避けねばなりません』
武術訓練を通じて、何回も反すうしてきた、アーエン師匠の言葉が脳裏にじわりと浮かぶ。
『体躯が大きく、力が強い者が、武に長けることは疑いようのない事実です。言うまでもなく鍛錬は必須ですが、自ずと限界はあり、いくら鍛えたとしても力に優る敵は必ずおります。その格差を埋め、戦いを優位にする。それが武術です──』
左足を引きつけて、槍を戻す。
共に上体を反らすと、予想どおり一瞬前に頭のあった位置をナホイの槍先が通過した。
右足を右斜め後ろに踏み出す。
踏み込みの力を両手から柄に伝えながら、相手の槍に沿わせた穂先を反時計回りに回転させる。
ナホイの追撃はぼくの正中から左方向へと逸れ、ぼくは左足を右前に踏み入れながら、相手の胸元に目がけて刺突を繰り出した。
『──武術とは、相手の力を乱し、己の力を活かすこと。そのために最も重要なのは、足の動き、すなわち歩法なのです。足運びによる立ち回り、重心の移動、威力の発出……攻守のすべてと申しても、過言ではないでしょう──』
カンと乾いた打撃音が響いて、ぼくの上体が浮き上がる。手がジンと痺れる。
力ずくに下からかち上げられたのだ。
苛烈な一合に体勢を崩された場合の歩法は──敵の武器の間合いの外まで全力で離れることだ。
地面を強く蹴って、右後方へ跳びずさる。
すぐに構え直し、追進してくるだろう槍頭に備える。が、ナホイの姿は思うより遠くにあった。
攻撃のチャンスだったはずだが、彼は一歩も動かずに、キツネにつままれたような不思議な表情を見せている。
「……何だ? 今のは……『魔術』を使ったのか?」
もちろん、魔術など使ってはいない。
まさかとは思うが──ズルをしたと思われるほど、ぼくの槍の業がスゴかった?
さすがにそれは自画自賛が過ぎるが、いずれにせよ答えは一つだ。
「『魔術』? そんなの、できるわけがないだろう?」
この言葉をどう解釈したかは図りかねるが、ナホイは薄笑いを浮かべると、小さくかぶりを振った。
「……そりゃそうだよな。よっしゃ、こっからが勝負だぜ!」
大股に間を詰めて、ナホイがまっすぐに突き進んでくる。
攻め方を変えてくるかと思ったが、普通に突いてくるのであれば、同様に内側からひねり出すだけだ。
槍先を当てて、時計回りにねじり込みながら重心を前へ──
逸れない。
勢いと腕力だけで、体重を預けているぼくの槍を下から押し返してくる!
即座に右足を大きく引いて、身体を突撃の軌道から逃がす。
が、槍とともに上体を押し上げられた格好では、がぜん不利だ。
『──戦況が不利な時には、思い切った攻撃に転じるのも手です。敵に一旦防御せざるを得ない状況を作れば、こちらに立て直す猶予が生まれます』
引いた右足をさらに後方へ投げ出し、左足を軸にして体を半回転させながら、身を沈めていく。穂の根元を合わせたまま柄の下にもぐり込む形になると、ナホイの出足に向けて石突きを振り出した。
「うぉっ、危ねえ!」
ナホイは素早いバックステップで身を退き、間合いの開いたスキにそのままもう半回転して、ぼくはナホイと正対して構えを直した。
お互いが、合わせたようにふーっと息を吐く。
「……やっぱり、本物の戦士は格が違うね。ビックリしたよ」
「ふざけんな。おまえだって──十分ホンモノだぜ」
短い会話の後は両者ともうかつに打ちかかることができず、しばらく間の測り合いが続き、周囲の見物人のざわめく声が耳に入るほどの静かな戦いとなった。
ナホイの剛腕は本当に厄介だ。むやみに攻め込めば、あっさり跳ね返されてバランスを崩してしまうだろう。
槍先をいなすだけなら、ギリギリ間に合う。
防御に徹して、攻勢に転じるスキを窺うしか、他に手はない。
ぼくは時折、ナホイの間合いに踏み込んだフリをしては、すぐに退いて突きを受け流すことを四度繰り返した。
スタミナは、間違いなくナホイの方が上だろう。このまま防御を続けたとして、先に体力が尽きるのはぼくの方だ。
しかし、こう着した戦況にあせりやイラつきを覚え、集中力を失う可能性は大いにある。
実際、彼の顔は一合ごとに険しく、その周囲に少しずつ火精霊の色が濃くなっているのが見て取れた。
もう一押しか。
「……ナホイ。正直なところ、君はもっと簡単にぼくから一本取れると思っていただろう?」
挑発、というものは、正直ぼくの性格には合わないと思っている。
相手が嫌がることを口にすれば、そのまま自分自身にも嫌な思いが返ってくるように感じるからだ。
ナホイの眉間のシワがわずかに深くなるのを見て、ぼくは静かにため息をついた。
「でもぼくは、どうにか戦えているようだ。それが、ぼくには心配でならない──その、君が『猛槍』という二つ名を冠することに、差し障りが出るんじゃないかと」
挑発を意図していると思うと、これほどイヤミな言い方もない。性格に合わないのと、性格が悪いというのは一個人の中で内包できるものなんだなぁと、我ながら感心する。
「──けっ、余計なお世話だぜ。心配すんな、次で決めてやっからよ!」
ナホイの目に、敵意めいたものが宿る。
次の一撃で勝負をかけてくるはずだ。これを防いで、その時に生まれるであろうスキを狙う。
間を詰めて、ナホイが真正面から突きかかってきた。
軸をずらしながら、その重い突撃を穂先で受け流す──
一瞬、手元に衝撃を感じた。
しかし、その威力は、あまりに軽い。
受けたはずの彼の槍の先は、そこから消え失せていて──
直後にその行方を視界に捉えた時、それは、ぼくの首元のおよそ三十センチメートル手前にピタリと突きつけられていた。




