第三章(二十五)「ご期待どおりに只今参上」
事件の捜査と言えば、やはり聞き込みと現場検証だ。
とは言え刑事ドラマもあまり観てはいなかったし、ミステリー小説にも興味のない少年だったぼくにできることは、エリンズ騎士王国でトットーがやっていたことを見よう見まねでやってみることぐらいだった。
結論から言うと、収穫はゼロだ。
現場を見ても、ただの道ばただったり、普通の民家だったりで子どもを急に見失うような環境とは思えない。聞き込みも、誘拐犯につながるような情報は何一つ得られなかった。
夕暮れが深まるにつれ、町内を行き交う人の数も急速に減っていく。あと何日かかるか予想もつかないが、ひとまず今日のところは捜査を終えるべき時間になったとぼくは判断した。
「ズエンカ、疲れただろ。今日はもう休もう」
「……やっぱり、そう簡単にはいかないものね。魔術で犯人が分かればいいのに」
「そんな都合のいい魔術は思いつかないな。結局、魔術師は普通の人よりちょっとすごいことが出来るだけの人間でしかないのさ」
眉をハの字にしてズエンカがぼやきを漏らし、それに苦笑いで答えた。
──犯罪捜査に使えそうな能力があるとすれば、人の心が読めたり、ウソを見破ったりする業だろうか。
しかし、人の精神に作用するような魔術は「禁術」であると、かつてオド老師に教えられた。
このダーン・ダイマに生きる人々には、基本的に魔素に対する染性があり、抵抗力がある。それは多少なりと魔力を制御する力であり、人の体内に入ってくる魔力に対しては抵抗力となって魔術の影響を拒む。
抵抗力をはるかに超える魔力をもって人の心を侵そうとすればそれも可能ではあるらしいが、もしもその魔力を超える制御力をもって抗われたなら、魔術は効果を及ぼさないばかりか、行き場を失った魔力が術者の精神に跳ね返って自滅するおそれもあるというのだ。ぼくの魔力はオド老師をして「底が知れないほど強力」と言わしめるもので、理論上は常人の魔力制御力に抗えるものではないはずだが、それでも自滅のリスクなど負わないに越したことはない。
第一、人の心の中が見えるとしてもぼくはそんな怖いことはできないし、したいとも思わない。
「ちょっとじゃないけどねー、なんたって『六行の大魔術師』なんだから」
「だからそんな大層な名前で呼ばれるほどすごくないんだってば。それより、夕飯はどうしようか。何食べたい?」
「うーん……」
ズエンカは考え込むようにうなり、それから、しばらく返答がなかった。
珍しくずいぶん悩んでるな、と横目でちらりと見たそこには──誰もいなかった。
「あれ? ズエンカ?」
あわてて素早く辺りをキョロキョロと見回すが、人気もなく見通しのよい道の真ん中で、少女の姿はまるで最初から居なかったかのように消えていた。
腰から背筋へと怖気が駆け上り、額にぶわっと冷や汗があふれ出る。
行方不明になった子どもたちとまったく同じに、今、ズエンカが痕跡も残さず失踪してしまったのだ。
ほんのわずかな時間、ぼくの頭は何かを考える能力を喪失していた。だが、それから何かを考え始める前に、ぼくは左の手首に異変を覚えていた。
その部分が、磨き上げられた銀が光に映えるような輝きをまとっているのだ、
よく見れば、光っているのは手首ではなく、手首に巻かれた腕時計の方だ。この電池で動くデジタル仕様の機械は、光精霊力を供給する魔術によって今も動き続けているが──その魔術式を刻んだ面が必要以上の魔力を受けて、光がもれ出しているのだろう。
もちろん、ぼくの魔力ではない。
この場でおそろしく強力な魔術が施されて、その魔力の余波を受けたものに違いない。
そして──その魔術こそが、ズエンカを奪い去ったのだ。
どんな魔術かは分からない。しかし、失踪の経緯の不可解さを鑑みれば、何らかの魔術が使われたという推理があって然るべきだった。
とは言え、後悔したってもう遅い。今は、一刻も早く彼女を見つけねばならない。
どうやって?
魔術で消えたのだ、まともなやり方で探せるとも思えない。
ならば、魔術で探す他にない。ぼくの知る魔術で、人探しができるとすれば──
ぼくは足元の地面に向けて、指先から放出する魔力で図形を描き出した。範囲内に侵入した動くものやその気配を感じとることができる「防衛魔術」の術式だ。
この術式を──「ズエンカという名の少女に限定して反応する」と書き換える。
既存の魔術式を書き換えて効果を変化させるのは、かなりリスクのある行為だ。正しく効果を発現できる術式が、下手に手を加えたせいで上手く働かなくなるおそれがあるからだ。特に「ズエンカ」と対象を指定してやれば精度は高まる反面、多少の術式構築のミスで魔術がズエンカ本人に想定外の影響を与えかねない。
不安はある。だが他に手がない。大丈夫、大丈夫。ぼくは術式の創作には自信がある──
意を決して、発動のための魔力を込める。通常の防衛魔術と同様に、半径数百メートル程度の球状にぼくの知覚が拡大された。
反応は、ない。
つまり、彼女が範囲の中に居ないか──すでに彼女が反応しないものになっているか、だ。
いや、後者はない。あってたまるか。
さらに魔力を増幅させて、効果を外へ外へと広げていく。
半径一キロメートル、二キロメートル……。
がむしゃらに領域を伸ばしていくうちに、どれほどの広さになったのか想像もつかなくなっていく。加えて、目を酷使した時のような疲労や倦怠感が、次第に重くのしかかってきた。
このまま魔術を続ければ、こちらの身が保たないかもしれない。
でも、やめるという選択肢はない。たとえ世界を覆い尽くしても、絶対に──
「あっ」
思わず感嘆がもれる。
目に見えたわけではないが、今確かに、何かの動きを感じた。
その気配が、息吹が、ズエンカのものなのかは明確ではない。
両ひざをついた姿勢で、吼えるように、何かを言っている。
その感覚に集中すると、通常の防衛魔術ではありえないが、聴覚ではない何かでその発した音をも、かすかながら感じ取ることができた。
『──もう・おわりよ、はいあーとは・ぜったいに・あたしを・みつけるわ、かくご・しなさい──』
ああ。そのとおりだ、ズエンカ。
新たな術式を刻み、風の精霊力をまとって、身を上空へと舞い上がらせる。
矢のように、一直線に、ぼくは空を翔けた。
眼下の小ぎれいな街並みはすぐに町外れに広がる荒れ野へと変わり、それからだんだんと立木の数が増えていく。数キロメートルは飛んだであろう頃には地上は深い林へと変ぼうしており──
「!」
滑空を止め、空中で停止する。木々の茂る中にぽっかりと穴が空いたように樹木が除され、一軒の丸太を組んで出来た小さな家が建っていた。
その光景には、既視感があった。まるで、魔術研究のために人里から離れて隠れ住んでいた、オド老師の住まいによく似た雰囲気がある。
このまままっすぐに突っ込んで行きたい思いを我慢して、小屋のずっと手前の林の中へと降り立った。ズエンカを入れて十二人の子どもが捕らえられているのだ、人質に取られてしまうようなうかつな真似はできない。
まずは、小屋の中の様子を探ろう。
魔術論理を頭の中でこねくり回して、防衛魔術の術式に似た図柄を記し出した。通常、防衛魔術は術式を中心にした球状の効果範囲を持つ。アレンジしたのは、この球を件の小屋に向けた円錐状にしたという点だ。これで範囲が、ほぼ小屋の中だけに限定される。
魔術は思惑どおり発現したようで、家の中にあるものの気配が伝わってきた。多数の小さい人影がひとかたまりに寄せ集まっていて、その近くに子どもではないが、成人としてはやや小柄な背格好の人物の存在が感じ取れる。
この人物こそが誘拐犯なのだろう。
今まで拐ってきた子どもが魔術に反応している──つまり生きているということは、すぐにはズエンカの身にも危険が及ばないと考えていい。
であれば……犯人がスキを作るのを待つ。
ぼくは身じろぎもせず、ひたすらに小屋の監視を続けた。そして──辺りが急速に暗くなり、黄昏時を過ぎる頃に、犯人らしき人影が大きく動いて子どもの集団から離れていった。
子どもたちを助けるチャンスは、今をおいて他にない。
家の上空へとひとっ飛びし、屋根に放った魔力弾が直径二メートル程の穴をうがつ。
その通り道を瞬時に抜けて、慣性を制しながら着地すると、薄暗く細かな破片に煙る室内の中に黒い人物の影が立ちはだかった。
「何者だ」
「分かっているだろう? シラカー・ハイアート。ご期待どおりに只今参上、ってやつだ」
男の声に、ぼくは自分でも驚くほど冷徹に答えた。誘拐犯は黒いコートを羽織りフードを目深にかぶっていて、言葉を発していなければ性別すら分からない姿をしている。
「──おとなしく捕まれば、命までは取らない。自警団に引き渡された後のことまでは関知できないが……」
ぼくの降伏勧告を遮るように、男は術式を差し向けてきた。抵抗する気なら、容赦はできない。
ほぼ同時に、敵の魔力弾とぼくの防御壁が発動する。
銀色の弾丸が見えない壁にぶつかり──その魔力のつぶては、マイクのハウリングを三倍ぐらい不快にしたようなノイズを放ちながら、術者に向けてまっすぐに跳ね返った。
音もなく、凶弾が胸を貫く。
明らかに致命的な一撃を受けて、コートの男は呆気ないほど仰向けに倒れ込んだ。
その時フードがずり落ちて、その素顔が露わになり、ぼくはあっと小さく声を上げて眉をひそめた。
老人だった。
それも、サン=サンリに入って最初に出会った、あの温厚そうなお爺さんだったのだ。
「……無念……我が、使命……果た……せぬか……」
二、三秒ほど茫然と立ち尽くしていると、老人はあふれ出る鮮血とともに、弱々しい呟きを口にした。ぼくは歩み寄り、その傍らにひざまずいて、彼の言葉に耳をすます。
「……おお……神よ、世に救い、を……! どうか……この世界に、『無垢なるもの』を……!」
愕然とした。耳を疑った。
おそらくは、この魔術師は──オド老師と同じ「予知」を見たのだ。
そして、手段を誤ったとはいえ──「無垢なるもの」を求め、世界を救おうとしていた。
ならば、ぼくは彼に告げるべきだ。告げなくてはいけない。
「爺さん、ぼくが『無垢なるもの』だ。ぼくが、この世界を……必ず守る」
老人の答えはなかった。すでに息をしていなかった。
ぼくの言葉が、彼に届いたかどうかは分からない。
ただ、彼の死に顔は、苦しみも嘆きもたたえず──ただ、穏やかであった。




