第三章(十四)「やっぱりこうなってしまうのか」
「……『銀貨五枚』?」
「何だと、おまえさん『銀貨五枚』も知らねえのか」
「博打はちっとも打たないんでね。無知で済まないが、やり方を教えてくれないか」
しょうがないな、と言いたげに顔を曇らせながら、伊達男は懐から何かを握り込んで、テーブルの上にじゃらっと音を立てて広げた。銀貨だった。
何の変哲もない見慣れたネベ貨が、全部で五枚ある。
「そっちもコインを五枚用意して──ああ、おまえさんは無一文だったな。おい、誰か貸してやれ。勝っても負けても、ちゃんと返せよ」
ハリを捕まえている男の一人が、机上に銀貨を放り出す。両手に一枚ずつ手に取って手触りを確かめてみるが、特におかしな細工は見られない。
「──まず、お互い同時にコインを一枚、指ではじいて放り上げる。ちゃんと回転するようにはじくんだぞ」
言われるままに、相手とタイミングを合わせて、右手の親指の上に置いた銀貨をピンと軽い金属音を立ててはじく。二枚のコインがくるくると宙を舞って、テーブルの上に弾んだ。
ぼくの銀貨は何も描かれていない裏側を上に向けて落ち、相手のそれは何かの記号が刻まれている、表側を向いていた。
「コインの裏表は分かるよな? こうやって表と裏が出たら、表が出た方の勝ちだ」
「えっ、これだけで勝負を決めるのか?」
「そうあわてるな、まだ初回の勝負がついただけだ。この時、負けた方は賭け金を払って降りるか──賭け金を倍にして次回の勝負を行うかを選べる」
それを聞いて、ぼくは二秒だけ考えた後、ポンと手を叩いた。
「分かった。銀貨を五枚用意するってことは、つまりその勝負を五回までできるってわけだ。そういうことだろう?」
「ほう。おまえさん、ずいぶん頭の回転が早いな」
「ありがとう。で、両方とも表、あるいは両方裏だった場合は?」
「勝負なしとして、前の勝負に負けた者が賭け金を払って降りるか、賭け金を倍にして次回の勝負を行うかを選ぶ。初回から勝負なしだった場合は、自動的に賭け金を倍にして次回の勝負に移る。で、途中で勝負を降りる以外での勝敗の決め方だが──五回目の勝負に勝った方、五回目が勝負なしだった場合はそれまでの勝負で勝ち数の多い方、勝ち数が同じ場合は最後に勝った方がそれまでの賭け金を得る。簡単だろ?」
ぼくは小さくうなずいて、残った銀貨を改めて不審な点がないか確認する。──この博打は、最終的に賭け金が十六倍まではね上がる。うっかり油断すれば、とても払い切れないような金額を払わされることになりかねない。決してしっかり者とは言えないハリが、地雷を踏み抜いてしまったのも無理はない。
「ようし。やり方が分かったなら、早速始め──」
「待ってくれ。さっきコインを弾いた時、天板の上で怪しい跳ね方をしたように見えた。机に仕掛けがないか確かめさせてもらおう」
ぼくがコンコンと机の上をこぶしで軽く叩きながら言うと、伊達男はキョトンと小さな驚きを見せた。
「イカサマを疑う奴はごまんといるが、机を調べたいと言われたのは初めてだ。まぁ一発勝負だからな、慎重になるのも無理はねえか」
ニッと微笑んで、ぼくは机の天板をなでたり、あちこちを叩いて音を聞くそぶりをする。その様子を、男は眉根にしわを寄せてイライラしながら見ていた。
「もういいだろ、こっちも暇じゃねえんだ。さっさと始めるぞ」
「待て待て、まだ机の『裏』を調べてない。何せ一発勝負だ、慎重になり過ぎるに越したことはないからな」
「何もねえよ! まったく、何て疑り深い奴だ。仕方ねえ、納得するまで好きにしろ!」
眉をハの字にして苦笑しながら、ぼくは四つんばいになって机の下に潜った。特に相手側の場所を中心に、コンコン、コンコンと丹念に十数回音を立てる。
「おい、いつまでやってんだ! 今さらビビって勝負を引き伸ばそうったって、そうはいかねえんだよ」
「はいはい、そんなつもりは全然ないから。確かに机には何もなさそうだ」
テーブルの下から出て席に座り直すと、伊達男はふーっと長いため息をついた。それから銀貨を一枚手に取ろうとして──
「あ、ちょっと待った」
「何、まだ何かあんのか? いい加減にしろ!」
「ごめんごめん。あのさ──あんたとぼくの銀貨を交換してくれよ」
ヘラヘラ笑いながら言い、男は頂点に達したイラつきを露わにするようにかみしめた歯をギリっと鳴らした。
「……いいだろう、俺の銀貨にもイカサマがあるわけじゃねえしな。だがこれが最後だ、もうおまえさんの頼みは聞かねえ」
「ありがとう。それじゃ、こっから真剣勝負といこう」
お互いに握った五枚の銀貨を相手の前に置いて、ぼくは目の前のコインを裏表を確かめながら一枚手に取った。
「よし、さっさと終わらせるぞ。それ」
男も銀貨を手にして、親指でそれをはね上げる。
わずかに遅れてぼくもコイントスを行い、二つの銀貨は机上に弾んで、二枚とも裏側を上にして止まった。
「両方裏だ。勝負なしだね」
「分かってるよ。ほら、次だ」
二枚目の銀貨が宙に飛んで、落ちる。両方とも裏が出た。
男は無言で三枚目をはじいて、ぼくもそれに続いた。二枚の銀貨が裏面を向けて天板に落ちた。
「そ、そんなバカな。ここまで裏しか出ねえなんて……」
「──ひとつ、訊いていいかい。五回の勝負がすべて勝負なしになった場合は、どうなるんだ?」
「まずあり得ねえ話だが……そん時は、引き分けとするしかねえだろうな」
「そいつは困るな、ぼくはできるだけ早く決着をつけたい。あんたもそうだろう?」
ぼくは手の中の四枚目のコインをもてあそびながら、目を細めて相手の顔をじっくりと観察した。焦燥感が色濃く出て、余裕がなさそうに見える。
「……でも、もし引き分けになったなら──また最初からやり直しかなあ? それでも、ぼくは何度でも勝負するよ──どうしても彼を連れて帰りたいんだ」
「うるさい、こっちも時間が惜しいんだ。さっさと投げろ」
肩をすくめながら小馬鹿にしたような苦笑いを浮かべ、今度は先にぼくが銀貨を打ち上げた。それからやや遅れて、伊達男が同様にトスを行う。
ぼくの銀貨が先に落ちて、それは──さっき机の下に潜った時に天板の裏に描いておいた、「放り投げた銀貨が必ず裏向きに落ちる」術式の効果によって裏を向いた。
そして、男の銀貨は──
「なっ……何だ、こりゃあ……!」
伊達男がうめき声を上げ、周囲からどよめきが起こる。
銀貨は、テーブルに落下する直前に、何度もホップしてくるくると回り続けていたのだ。
その場にいた誰もが不可思議な現象にうろたえていたが、ぼくだけが冷静に、空中に舞い続けるそれをさっとつかみ取った。
「あっ! てめえ、何を……」
「何を? 何をするつもりなのか、訊きたいのはこっちの方だ。この──両面に模様の入った、裏面のない銀貨で!」
男をきっとにらみつけながら、半ば恫喝するように、ぼくは怒声を張り上げた。
手の中に仕掛けコインを隠しておき、指ではじく直前にすり替える。奴の使ったトリックは大方こんなところだろう。
奴が何らかのイカサマを仕掛けてくるのは、大体予想がついていた。でなきゃ、ハリを返す道理のないぼくに博打でチャンスをやろうなどと言ってくるはずがない。彼には賭けに勝てる算段が多分にあったか、確実に勝てる手段があったから、ぼくにギャンブルを持ちかけたのだ。
そして今、イカサマの証拠を握られた伊達男は、何も返す言葉がないまま顔を真っ赤にしてぼくをにらみ返している。
「この勝負はもちろん無効だが──ハリが大負けしたのにも、こういう裏があったとしか思えないな。当然、ハリの負け分も無効ってことで、彼は返してもらうよ。いいね?」
「……こいつ、生意気な口を叩きやがって! ここからただで帰れると思うな!」
やれやれ、やっぱりこうなってしまうのか。
とはいえ、ケンカ慣れしてそうなチンピラ三人を同時に相手するのは分が悪い──いつもなら専守防衛だが、ここは先手必勝だ。
伊達男が啖呵を切って立ち上がりかけた瞬間に、ぼくは机の縁を思い切り前に蹴飛ばした。
文字に表しがたいうめき声を上げつつ、男は身体をくの字にして銀貨をまき散らしながら天板の上に突っ伏した。
すぐに振り返ると同時に、術式を組み上げる。
大分手加減したつもりだが、背後からつかみかかろうとしていた粗暴な男の一人にぶつけた魔力の衝撃は、二メートルほど先の石壁にしたたかにぶち当たるほどに大柄な彼の体躯を吹き飛ばした。
「お、おい、やめろ! やればこいつも巻き添えになるぞ」
最後の一人を探して目線を走らせた先から、悲鳴に似た脅し文句が飛んでくる。男はハリを盾にして、その陰から顔を上半分だけのぞかせていた。
ぼくは渋い表情をしながら、先ほど男を打ち据えた術式をそのまま、男の顔面に向けて狙いをつける。
そして、魔術を起動させる寸前に、もう一方の手に握り込んでいた──イカサマコインを術式の前にピンとはね上げた。
コインが目にもとまらぬ速さで男の眉間に鈍い音を立てて炸裂し、男はくるっと白目をむいて仰向けに倒れ込んだ。
「大丈夫か。ほら、早く逃げるぞ」
「す、済まねえ、俺がヘマしたばかりに……あっハイアート、後ろに!」
ハリの手首の紐をほどくのに気を取られて、襲撃を察知するのが遅れた。
あっと思う間もなく、伊達男の腕が背後から首に巻きついて、ぎゅうと力強く締めつけてきた。




