第三章(八)「国賓級の儀礼をもっておもてなしせねばならぬ」
「これはこれは、毎度ご丁寧に──大したことはしておらぬのに、かえって申し訳ない」
「いえいえ。ウチを村唯一の肉屋にしていただくことで、畜産者も狩人もウチに卸すしかなく安く仕入れができて、他にどこからも買うことができないので高値で売ることができる──真によいお話をいただけて、村長殿には足を向けて寝られませんよ」
ガチで悪代官と越後屋だった。
となれば、ここら辺りで水戸のご老公か将軍様にご登場願いたいところだが……この場に居るのはただの魔術師とただの商人とただの女児だけだ。これから一体、どうすればいいんだろう。
「……決定的証拠をつかめたな。ハイアート君──魔術を解いてくれるか」
唐突に、アハドーが小声でささやきかけてきた。
その意図が読めず、一時の間、ぼくが戸惑っていると──
「ジカンプ村長! 貴殿の不正、しかとこの目で見届けたぞ!」
彼が大声を張り上げたので、村長とソブがぎょっとして弾かれたように椅子から腰を上げた。
何のつもりかは分からないが、ぼくはアハドーの行動に面食らいながらも彼が言ったとおりに魔術をかき消して、姿を露わにする。
「な、何者だ! どこから入って──」
「村長、よく見たまえ。私の顔に覚えがないとは言わせんぞ」
村長は一瞬硬直し、それから明らかな驚愕をもって、息を呑んだ。
「ま、まさか、あなたは……アハドー伯爵閣下!」
場の空気が凍りついた。
永劫にも思えるような刹那の後、ぼくとズエンカは、当然のごとく叫んだ。
「「はああぁぁっっ?」」
多少のすったもんだはあったものの、最終的にはぼくの魔術で村長たちはあっさりと制圧され、無事お縄についた。
それから一夜明けて、ぼくとズエンカはどこから来たのか鎧かぶとに身を包んだ数騎の騎兵たちに囲まれた馬車にアハドーと共に乗り、ジカンプ村を出発した。
「……君も休んだらどうかね、ハイアート君。一晩中、私の面倒ごとにつき合ってくれたのだから疲れているだろう」
対面に座るアハドーに対し、ぼくは隣ですやすや寝息を立てているズエンカを一瞥したのち、かぶりを振って答えた。
「もう、何がなんだか分からないことだらけで……ちゃんと話を聞かないと寝れそうにないよ。それにあの騎士──」
ぼくは馬車の窓から、並走する騎士の持つ旗をちらりと見た。
そよ風にはためくその布地には、黒いハヤブサの意匠が染められている。
「──あれは、ゲイバム王国の旗印だ。アハドー……伯爵閣下? あなたは、ゲイバムに仕える貴族なのか」
「そのとおり。私はゲイバムの駐在大使として、ここオツオロ丘陵族国に拠点を構えている」
確かに、普通のおじさんとは思えない点はいくつかあったが──いざ素性が知れると、言葉の端々にも威厳を感じるから不思議なものだ。
「なぜ、ゲイバムの伯爵がこんな所に? ゲイバム王国が丘陵族国を占領したことはおろか、ミムン・ガロデの領土争いに加わったという話も聞いたことがない」
「それは、そのとおりだ。ゲイバムはオツオロを占領などしていない。元々オツオロは木材などの豊富な資源でゲイバムと大きな交易があったため、ミムン・ガロデ全域でダーン・ガロデの大国同士による植民地争奪戦が起きた際に、オツオロを保護国とし王国軍を駐留させたのだ。そして──」
「なるほど。つまりアハドー伯爵閣下は駐留軍の司令官として、この国にいらっしゃる、と」
「ま、そんなところだ。さて──今度は私が、君のことを訊く番だ。いいかね?」
アハドー伯爵は品定めをするかのような視線を投げかけ、ぼくは口元をこわばらせながらうなずいた。
「まず、やはり──君が昨晩、風と土の精霊力を同時に操るという前代未聞の術を行使したことについてだ。果たしてそこに、いかなるカラクリがあったのかを聞かせてもらいたい」
「伯爵閣下、信じがたいこととは存じますが──ぼくは精霊染性をまったく持ち得ていません。それが故に、すべての精霊力、そして魔力を制限なく操ることができるのです」
アハドー伯爵が言葉を失い、しばし馬車の中には車輪とひづめの音だけが響いた。
「……あ、いや。ハイアート君、君を疑うわけではないが──染性を持たない人間がこの世の中にいるということももちろん、それで相対の法則の例外となるなどとは、まったく聞き覚えがない話だ」
「無理もないことです。そのことは、ぼくが魔術を師事したオド老師が、ぼくという存在をもって初めて解明した事実なのです」
再び、馬車の中にズエンカの寝息もはっきりと聞こえるほどの沈黙が訪れた。
「…………ああ、すまない。聞き違えがあってはよくないので、今一度確認するが──君の魔術の師は『オド老師』だと言ったか?」
「はい、オド老師です。彼のような魔術研究の第一人者が近年になって初めて発見したことですから、誰も知る由がありません。さぞ驚かれたことでしょう」
「いや、それより君がオド老師の弟子だということの方が、はるかに──」
そこで、アハドーは何かに気づいたように、はっと息を呑んだ。
「………………まさか、君は! もしやオド老師の予言した、世界を救う『無垢なるもの』では……!」
「あ。ゲイバムの要職にある方ならご存じじゃないかとは思ってましたが、やっぱり……あの、まあ、そういうことらしいです」
恥ずかしげに後頭部をかきながら、ぼくは苦笑いを浮かべる。アハドーは魂が抜けたように呆然としていたが、ふと我に返ってぴっと背筋を伸ばした。
「そうであるなら……私は君を、国賓級の儀礼をもっておもてなしせねばならぬ。失礼」
そう言ってアハドー伯爵は馬車の窓から頭を出すと、隣に並んでいた騎兵の一人を呼びつけた。
「君、すまんが先に公館へ行って、執事に伝えてくれ。これからオド老師の予言にある救世主様が来訪するので、急ぎ最上級の晩餐会を支度しておくように、とな」
高らかに地面を蹴って、騎馬が走り去っていく。その足音に、ズエンカがびっくりしたように飛び起きた。
「……えっ、何? 今の何の音?」
「あれ、起きちゃったか。ごめんねズエンカ、おわびというわけじゃないけど、伯爵閣下がぼくたちにすっごいごちそうを出してくれるんだってさ」
「──ホント? わあ、ありがとう! すごく楽しみ!」
まだ寝ぼけまなこだった少女が、「ごちそう」というキーワードに過敏に反応して、瞳をぱっちりとさせて喜ぶ。伯爵は彼女に向けて髭の下でも分かるぐらいににっこりと微笑んで、コクリとうなずいた。
「改めて、我がアハドー家へようこそ。予言の救世主シラカー・ハイアート殿のご来訪を祝し、ここに宴の場を設け、歓迎の杯を上げたく存ずる。それでは皆の者──乾杯」
アハドー伯爵が開会を宣言し、一斉に銀色のゴブレットが掲げられた。
ぼくは主賓として、伯爵及び伯爵夫人と同じ並びの上座のテーブルに、ズエンカと並んで着いていた。そこから大広間の端まで伸びる食卓にずらりと、かっちりした礼服姿の貴族や騎士たちが列をなしている。
アハドー伯爵邸は、広大な敷地の真ん中に荘厳な表構えをした三階建ての屋敷だった。この屋敷の玄関前に至るまでに馬車が通ってきた敷地内には何棟もの兵舎が並び、騎士や兵士たちの訓練所が設けられていて、昔に見学した呉武の陸上自衛隊駐屯地にどこか似た雰囲気を感じた。
邸内は意外にシンプルで、少なくとも大湿原族国の領主の城よりはずっと装飾品の類に乏しい。しかしながら目の前の食卓にかけられたテーブルクロスなどは白く清潔そうな上質のリネンで、単なるケチではなく、お金をかけるべきところにかけているという印象がある。
そしてお金をかけているといえば今、この食卓に並ぶ料理の数々だ。
真っ白でふかふかのパンに、香ばしい何かの香辛料を練り合わせてかまぼこのように蒸し上げたひき肉、チーズの匂いをふんだんにさせた鶏のパイ包み焼き。玉ねぎの甘さの利いた何かの獣肉のシチュー……今までダーン・ダイマで食べてきた中で間違いなく最高級の品々であり、それ故にぼくは萎縮してほとんど口をつけられずにいた。
当然のことだが、貴族の晩餐会に出席することなど、こっちの世界でもあっちの世界でも経験のないことなのだ。いわゆるテーブルマナーなどきちんと学んだこともないし、まして異世界の礼儀となれば現代日本とどう違うのか見当もつかない。周りを気にしながら少量をつまむのみで、食欲もすっかりしおれてしまっていた。
だがまぁ、しかし、だ。
ぼくの隣で鳥のローストに手づかみでかぶりつき、脂でベトベトになった指をしゃぶっているズエンカの食べ方は、決して正しいマナーではないと確信を持って断言できる。
「こら、ズエンカ。そんなみっともない食べ方をしちゃダメだよ。指はなめないで──そっち側の、お椀の水で洗うんだ」
「えっ、この水って手洗い用なの? さっき飲んじゃった」
ぼくが頭を抱えると、アハドー伯爵は軽やかに笑い声を上げた。




