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第二章(八)「旦那と一緒に戦いたい」


 ( )首を傾げて、トットーは怪訝な目でぼくを見た。

「( )シホー……取引、でござるか? ( )はて、何を売買する取引でござろうか」

「( )要は、犯罪者が行う取引のことだ。売るのは捜査への『協力』、買うのは──『減刑』だ」

 ( )トットーは驚きを隠せないといった風に、ごくりとのどを鳴らした。

「( )何と……罪がある以上は必ず然るべき刑罰が与えられるのが、エリンズの法の大原則でござる。犯された罪に対する刑を軽くするなど、道理に合わぬ──」

「( )公正さが大事なことは、理解してる。だが窃盗犯を処罰することを優先して、大量殺人犯を追う絶好の機会を逃すことは、あってはならないとぼくは考える。それに──ぼくはどうにかして、このバカでお人よしで、義理堅く高潔な盗賊に与えられる罰ができるだけ軽くなるようにしたい」

「( )……拙者もできることなら、それが望ましいでござる。しかし──」

 ( )迷いと困惑をたたえて、トットーは切れ切れに言葉を発した。おそらくは法の精神を覆すことへの抵抗感で幾度も逡巡したであろう長めの沈黙の後に、彼は長い吐息をつきながら、言った。

「( )──法審査官には、拙者の頭がおかしくなったと思われるでござろうな。分かったでござる、この前代未聞の取引、上申してみるでござるよ」

 ( )ぼくはほっと安堵をついた。

「( )ありがとう、君に受け入れてもらえてうれしいよ。じゃあ──」

「( )ちょっと、待ってくだせぇ」

 ( )今度はブンゴンが、難儀な顔で口をはさんだ。

「( )あっしは確かに大盗賊団を見限って抜けようとしやしたが、それでも仲間としての義理ってモンがありやす。どんな罰を受けることになっても、大盗賊団のことは一切口を割るつもりは──」

「( )ブンゴン、まだそんなことを言ってるのか。その大盗賊団の頭領は、なぜ──君に暗殺者を差し向けたと思ってるんだ!」

 ( )やや語気を荒げて言い放つと、ブンゴンはうっとうめいて口ごもった。

「( )……重々承知してるだろうけど、あえて言わせてもらうよ。騎士団に捕らえられているという非常に暗殺が困難な者を、無理にでも暗殺しようとする理由は──君が大盗賊団の情報をもらすと決めつけているからだ。君のそこまでの忠義を……大盗賊団はまったく信じてない」

「( )……で、ですが旦那──」

「( )君が生きてる限り、必ず二の矢三の矢が襲い来る。この先、ずっと命の危険に脅かされるだろう。君は咎人だが、死んでもいい人間とは思わないし、何よりこのぼくが──君を死なせたくないんだ」

「( )……!」

 ( )彼ははっと面を上げて、それから全身を小刻みに震わせ、泣き出してしまいそうなほど顔をくしゃくしゃにした。

「( )ぼくの仇というだけでなく、大盗賊団を壊滅させることは、君を救う道でもある。だから、君に協力を──いや、そうじゃないな」

 ( )ぼくは、だるさの残る左腕を懸命に伸ばして、ブンゴンの胸の前に手を差し出した。

「( )……トットーと、そしてぼくと──一緒に戦ってほしい」

 ( )ブンゴンはしばらく、ぼくの左手をじっと見ていた。それからゆっくりと目を伏せて、

「( )……ああ……完全に、あっしの負けですねぇ……こそ泥のあっしが言えた義理じゃありやせんが、当代の外道ぶりにゃ失望と、怒りを感じておりやした。でも戦おうだなんて、非力なあっしにゃ思いもよらないことでござんした……」

 ( )閉じていたまぶたをおもむろに開き、ブンゴンはまっすぐにぼくの目を見つめ返した。迷いのない、強い意志を感じる視線だった。

「( )ハイアートの旦那。あっしは、肚が決まりやした。旦那と一緒なら戦える──いえ、旦那と一緒に戦いたい。あっしを存分に使ってやってくだせぇ」

 ( )ブンゴンがぼくの手を、両手で包むようにして取る。その手の熱さに、ぼくは微笑んで小さく頭を縦に振った。

 ( )

 ( )石の階段を一歩ずつ踏みしめて、ぼくは地下牢へと顔をのぞかせた。

「( )ハイアート殿。お身体の調子はいかがでござる」

 ( )丸椅子から立ち上がりながら、トットーが声をかけてきた。鉄格子を挟んだ檻の中のブンゴンも、明るい表情で笑顔を見せている。

「( )ちょっと身体がなまってるかな。何だかまだ歩くのもぎこちない感じがするよ。──トットー、アレはどうだった?」

「( )司法取引の件でござるかな。何分過去に例のない提案で、法審査官をはじめ騎士団は大混乱。政務騎官から騎士王陛下にまで話が行ってしまったでござるよ」

「( )ええ~……えらいことしちゃったなぁ」

 ( )ぼくは自分の座る分の丸椅子をトットーの隣に据えて座りながら、眉根にしわを寄せて頭を掻いた。トットーは苦み走った笑みを口の端に浮かべる。

「( )で、その結論でござるが、とにかく結果を出さぬことには何とも判断のしようがない、と。なのでまずはブンゴン殿の捜査協力により大盗賊団を召し捕れ、その結果如何で取引の有用性を証明せよとのお達しでござった」

「( )……そりゃそうだな。ま、言われなくても大盗賊団は捕まえるけどさ。なぁブンゴン?」

「( )へい、旦那。それじゃあっしは、何からやりやしょうか」

 ( )ブンゴンはあぐらをかいた姿勢から軽快に立ち上がり、その場で屈伸運動を始めた。

「( )まぁ、まずは事情聴取だ。大盗賊団という組織の状況と隠れ家の、詳しい情報が欲しい」

「( )そうさなぁ……それなら王国の地図とペンがあった方がいいですねぇ」

「( )うむ、用意してくるでござる。各々方しばし待たれよ」

 ( )トットーはうなずき、階上へと鎧を鳴らしながら小走りに駆け上がっていく。その背中を見送って、ぼくは再びブンゴンに向き直った。

「( )ブンゴン。もし大盗賊団を一網打尽にできて、司法取引が認められたなら、君の刑はどのくらい軽くなるんだろうね? ( )無罪放免、ってことにならないかなぁ」

「( )そりゃ無理ですねぇ。あっしも相当悪事を働いてきやしたからねぇ……」

「( )まぁ、可能性はゼロじゃない。もし釈放されたとしたら、君は何がしたい? ( )盗み以外でね」

「( )ははっ、さすがにもう盗賊は廃業でさぁ。そうさなぁ、もしまたシャバに戻れたなら──」

 ( )ブンゴンは鼻をこすりながら、目線を持ち上げてしばし思案にふける。それからちらりとこちらを見て、

「( )……トットーから聞いたんですがね、ハイアートの旦那が隊商の護衛なぞをしていたのは、旅そのものが目的だったとか──あっしも今や行くあてのない身でございやすから、もし旅を続けるなら、ご迷惑でなきゃお供させちゃくれませんかねぇ……」

「( )旅か。いいとも、一緒に行こう」

「( )即答とはありがたいですねぇ。それにしても、また旦那は何で旅をしてるんですかねぇ。魔術師が──」

「( )お偉いさんにも仕えずフラフラしてるなんて普通じゃない、だろう? ( )もう耳にタコができるほど訊かれたよ」

「( )……タコって、何ですかい?」

「( )え。ほら、アレだよ。海に棲んでて、足が八本あってグニャグニャしてて、茹でると美味いヤツ……」

 ( )チンプンカンプンだと言いたげに、ブンゴンは顔をしかめた。……ダーン・ダイマって、タコがいないのかな?

「( )ま、まぁ、つまり何度も訊ねられるから飽き飽きだってことさ。いつもは、自由に生きたいからとか言ってごまかしてるけど……ブンゴンには本当のことを話してもいいかもな」

「( )それはぜひ、拙者にもお聞かせ願いたいでござるな」

 ( )声のした階段の上を見やると、数枚の紙片を手にしたトットーが降りてくるところだった。ぼくはふっと小さく笑ってうなずく。

「( )もちろん、トットーにも話そう。ただし、誰にも内緒だよ──ぼくが虚言癖のあるヤツか、でなきゃ頭のイカれたヤツだと思われちゃうからね」

「( )それは、ますます興味深いでござるな。はてさて、この奇人殿からどんなキテレツな話をご拝聴できるのか楽しみでござる」

 ( )丸椅子に腰を据えて、トットーがニヒルに笑む。ぼくは深呼吸をひとつしてから、おもむろに話し始めた。

「( )初っ端から何のことかさっぱり分からないだろうが──ぼくはね、このダーン・ダイマとは違う世界から、この世界を救うために来たんだ」

 ( )二人とも、言葉の意味がまったく頭に留まらず、右の耳から左の耳に抜けていってしまったと言いたげな呆けた表情を見せていた。

「( )そういう顔をするだろうと思ってたよ。まぁ、正確には無理やり連れて来られたんだ。元はゲイバム王国で宮廷魔術師長を務めていた、オド老師という偉大な魔術師がいてね──」

 ( )それからぼくは、ゆっくりと細かい説明を挟みながら語った。

 ( )オド老師が世界の危機を予知し、救世主としてこの世界にぼくを魔術で召喚したこと。

 ( )ぼくが他の世界から来たために精霊染性をまったく持たない特殊な人間で、故にこの世のどんな魔術師や精霊術師より強大な能力を持つ術師であること。

 ( )まだどんな災厄が世界を襲うのか分かっていないので、その前に世界のあり様を見て回り、災厄にどう備えていくかを模索しているということ──

「( )……とまぁ、そういうことで、今は世界の平和を脅かす敵が何なのかを見極めるための旅をしてるってのが理由なんだけど──その顔だと、理解はできてない様子だな」

 ( )ぼくは冒頭から最後までポカンとしたままの二人を交互に見回して、長めのため息をついた。

「( )い、いやその……拙者には少々、壮大すぎる話で──」

「( )あっしは、逆に理解しやしたぜ。旦那はどこか浮世離れしたお人だと感じてやしたが、別の世界からやってきた救世主様だと言うなら、何だか納得できてしまいやすねぇ」

 ( )トットーは困ったように首を傾げ、ブンゴンは腕組みをして大きくうなずいた。

「( )二人とも、バカげた戯言だとは言わないんだな」

「( )ハイアート殿は、ふざけた狂言をおっしゃられる御仁ではござらぬからな。どれほど大げさに聞こえても、ウソとは申さぬでござるよ」

「( )信じてくれてありがとう。それじゃおしゃべりはここまでにして、世界平和の第一歩かもしれない大盗賊団をこらしめる計画に入ろうか」


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