第一章(十)「ギルドって何ですか?」
ヘベニッフ隊商一行は日が昇り切る前に、この旅の五番目の逗留地であるテピンの城門へと到着した。
テピンはいわゆる都市国家で、街自体が砦となっている。そのためか入国管理が他と比べ厳しく、この時間から手続きを開始したにも関わらず、すべての商人が城壁の向こう側へと入る頃には夕方になってしまうという。
市内で商売をするための必要な手続きを行わねばならないヘベニッフが一番に城門を通過するのは当然として、その次に街へと入れてもらえたのは意外にもぼくとズエンカだった。
「ぼくはただの護衛ですし、一番最後でもよかったんですが──」
「いやいや、その護衛をしてもらうために先に入っていただいたのですよ、ハイアート君。私はこれから商工ギルドへ向かうのですが、そこまで私を守ってくださるよう、よろしくお願いしますよ」
「あ、そうでしたか。……ところで、ギルドって何ですか?」
門から続くテピンの大通りを三人で並んで歩きながら、ぼくは訊いてみた。組合とか互助会みたいなものだと思ってはいるが、自分の中では今ひとつふわっとした概念でしかなかったのだ。
「そうですねぇ。要は商人や職人が集まって、商売が過度な競争にならないように売る物の値段や量や品質を話し合って取り決める団体ですな。外部から参入する商人などが市場を荒らさないかを監視する役目もございます」
ヘベニッフはいつもと変わらぬ調子でのほほんと答え、ぼくは怪訝な表情を浮かべた。
経済のことはよく知らないが──それって、いわゆる「カルテル」なんじゃないのか?
少なくとも日本じゃ法律で禁止されている、やっちゃいけないことのはずだが……この世界では別に違法なことではないのだろうし、ぼく自身もなぜいけないことなのかよく分かっていないわけで、余計なくちばしを挟むべきじゃないけど。
「それで、私ら旅の行商人はこういったギルドがある都市に来た際には、私らは真っ当な商人ですよと所属するギルドの──私らの場合はマランの商工ギルドですな──お墨つきがあることをこの街のギルドに届け出て商売をさせてもらうわけです」
「……なるほど、よく分かりました」
ぼくは話題を早めに切り上げるために、納得をしたふりをした。あまり深く掘り下げると色々と黒い話題が出てきそうな予感がする。
「ねぇ。ギルドって、まだ先なの?」
「いや、もうすぐだよ。つき合わせて悪いねぇ」
退屈したのか、ズエンカがじれたように訊いて、ヘベニッフは眉をハの字にして頭を小さく下げた。そして本当に百メートルも歩かないうちに、ヘベニッフは街並みの中にそびえる、全面石造りで三階建ての大きくて目立つ建物を指差した。
「あれがそうです。ハイアート君、ここまでご苦労様です。あとは明日、市場で商売を始めるまで自由時間なので、ズエンカとテピンの街をゆっくり楽しむといいですよ」
「えっ、もういいんですか。護衛が必要と言うから、物々しい場所なのかと──」
ぼくが苦笑して言うと、ヘベニッフは、急に神妙な顔つきになった。
「いえ、気をつけてください。この街は結構治安がよろしくありません。隣国のエリンズが厳格な法規制による取り締まりを行うので、多くのならず者がこのテピンに流れてくるのです。愚連隊同士の抗争も絶えないと聞きます故、油断なさらぬようお願いしますぞ」
「は、はい……気をつけます」
ヘベニッフはうなずいて、ギルドの中へと消えていく。ぼくはズエンカが不安がっていないか心配になって、彼女をちらりと見た。しかしヘベニッフの言うことがあまり理解できていなかったのか、すました表情でぼくを見つめ返しているだけだ。
「──さて、この街の散策に出かけるのはいいとして、まずは両替商って所に行きたいんだよな。どこにあるんだろ……」
ぼくは独りごちて、ぼんやりと周囲を見渡した。涸沼村でイダラバ領主からもらったお金がモンダード貨だと気づいたものの、今までネベ貨に替える手段がなく、宝の持ち腐れになっていたのだ。この街ならあると思うのだが……。
「ハイアート。その両替商ってトコ、あたし知ってるよ」
「は?」
思わず頓狂な声を上げて聞き返した。
ズエンカはぼくを見上げ、得意げな笑顔を向けて、目の前の建物をビッと指差す。
「お父さんね、両替商に用がある時は、いつもギルドに行ってたの。きっとこの街でもそこにあると思うよ」
そうか。両替商を主に利用するのは、方々の国を貿易して巡る商人だ。であれば、商工ギルドにあるのが一番合理的なわけだ。
「ありがとう。すぐ用事を済ませてくるから、ここで少し待っててくれるかな」
ズエンカがうなずきを返すのを見届けて、ぼくはヘベニッフの後を追うようにして建物の中へと入った。
両替商の場所は、目立つように看板が出ていたのですぐに分かった。頑丈そうな鉄の格子の扉を押し開け、その重さにびっくりしながら室内に入ると、やはり鉄格子で仕切られたカウンターの向こう側で帳簿とにらめっこをしていた中年の男がおもむろに顔を上げた。
「いらっしゃい。両替かね、手形かね」
「あ、あの、両替をお願いします。これをネベ貨に──」
ザックに入れた手に握り込んだ一枚の輝く銀貨を、鉄格子の一部に空けられた小窓の手前に置く。両替商の店員が驚きに目を見開いた直後、ぼくを上から下まで、いぶかしげな視線でねめ回した。
「お客さん。これをどこで手に入れなすった?」
「──イダラバの領主、バンダ=ラバ侯からの戴き物です。仕事を頼まれまして、その報酬にと」
おそらく、汚れた手段で得たお宝ではないかと疑われたのだろう。特段隠すようなことでもないので、ぼくは正直に答えた。
「ふむ、イダラバの領主からというならこんな珍品も不可思議はない──そしてこの重さと紋様の精緻さ、贋貨とも思えん。俺も実物を見るのは初めてだが、本物に間違いようだな……手数料込みでネベ銀貨二十四枚だ」
「にじゅ……っ!」
「ん、不満か? 悪いがこれ以上はまからんよ」
「あ、いえ! それで問題ありません。よろしくお願いします」
驚いたのは、予想以上に高すぎたからだ。小窓から押し出すようにして支払われたネベ銀貨の山を、ドキドキしながら財布へとしまい込む。
そしてこの山積みの銀貨になるモンダード貨が、ザックの中にまだ九枚ばかり残っているという事実に、ぼくは身を震わせた。大金というほどではないが、これほどの現金は持ち慣れていないので、非常に緊張する。
入る時は肩から下げていたザックを胸の前に抱えた格好で、ぼくは足早にギルドの出口をくぐった。扉を出た先のすぐ右手側に、ズエンカがつまらなそうな顔でうずくまっていたが、すぐにぼくに気づいて跳ねるように立ち上がった。
「ズエンカ、待たせたね。せっかく大きな街に来たから、今日はちょっと贅沢しようか」
「……ゼータク?」
「ああ。いつもよりいい品物を買ったり、おいしいものを食べたりしようか、ってこと」
「ええー、いいけど……お金は?」
「子どもはそんな心配しなくていいの。さ、行こうか。この街にはどんなものがあるか楽しみだ」
ぼくはズエンカに右手を差し出す。その手を握り返してきた少女の歩幅に合わせて、ぼくはゆっくりと歩き出した。




