第一章(五)「立派な魔術師になられたのですな」
「こんな所で何をする気なのだ。誰もいないし、もう間もなく真っ暗になって何も見えなくなるではないか」
夕暮れの町外れの草一つない荒れ野で、ぼくの後についてきたデルヒズがぶつぶつとつぶやいた。お目付役として来たのだろう──ぼくの邪魔をするつもりでなければいいのだけど。
「一応安全のために、ここには人が近づかないようにしてもらってるんです。さて、『余興』を始めましょうか」
ぼくは背負い袋から数枚の石板を取り出して、地面に並べていった。その表面にはあらかじめ、魔術式を刻んである。
「むむ、これは……火精霊術の精密操作のための術式ということは分かるが、この動作の意味がまるで見当がつかん」
「百聞一見ですよ、デルヒズさん。さて実験はできなかったからいきなり本番だけど、上手くいきますように……」
ぼくはかがみ込んで、手中にいくばくかの魔力と十分な火精霊力を練り込んで、一気に術式に投じる。直後、銀色に輝く術式の中心から赤い火の玉が真上に向けて撃ち放たれた。
デルヒズが悲鳴を上げて、腕で頭を覆いながらうずくまった。
空気を震わせる轟音と共に、四散した火炎弾が大空に大きな炎の大輪を咲かせたのだ。火のつぶてがきれいな球状に広がり、手前味噌ながら、実に上出来だ。
「か、火炎弾が……? 一体、何なのだ、これは」
「これは『花火』です。ぼくの故郷で、祭りの時によく催されるもので──それを魔術で真似てみたわけですが、思ったより上手くできました」
今度は、立て続けに二発。小さい火炎弾に分かれてからそれらがさらに破裂するものと、ハートマークの形状に広がるものが、藍色に染まりつつある空間に閃いた。
本当は緑やら紫やら黄色やら、様々な色の花火を咲かせたかったが──炎色反応とかいうので色を変えていることは知っていても、それ以上に詳しいことを知らないので、それはかなわなかった。まぁ、普通の赤い火の色だけでも、それなりにいい感じだ。
「打ち上げた火炎弾は、地上に落ちる前に消えるよう魔術で操作されてますので安全です──だから、そう怖がらずにご覧ください。きれいですよ?」
そうは言ったが、追加でもう三発の花火を放つ頃には、デルヒズは頭を抱えるのをやめて、呆けたように宵の空をじっと眺めていた。
「ハナビ、だと……? そんな……そんな、バカなことが……! こんなにも無数の火炎弾を一斉に、規律よく操作するなんて……魔力の制御力が、常軌を逸している……!」
声を震わせながら、デルヒズはふっとぼくの方に向き直ると、恨めしそうににらみつけてきた。
「クソっ……かような実力を持っておいて、師を騙る意味もなかろう。おまえの言うことが真実で──俺が知る限り最高の魔術師であること、認めざるを得ん」
「身に余る光栄です、デルヒズさん」
スターマインだ、とばかりにいくつもの石板に数発分の魔力を叩き込んでいく。数十発の火炎弾が次々と投じられて昼間のような明るさになった夜空をバックに、ぼくは胸に手を当てて深く一礼した。
これが二日酔いという奴か。実に最悪の気分だ。
ぼくはスープ以外の献立を断って、朝食のテーブルについた。昨晩、ソプレンの宿屋に帰ったぼくを、居酒屋をぎゅうぎゅうの満員にしていた客と従業員が取り囲んでしこたま呑ませてきたのだ。
「あの催し物、すごく面白かった! いいものを見せてもらった礼に呑んでくれ!」と次々に酒を持ってこられては、無下に断れるような空気じゃない。楽しんでもらえたこと自体は、ぼくも嬉しかったわけだし……。
何とかスープ皿を空にしたが、胃がもたれて席を立つことができない。二日酔いのメカニズムが分かりさえすれば、魔術で治せそうなんだが──
とその時、宿の玄関先に馬のひづめと車輪の音がけたたましく鳴って、そこで停止した。店内に、数日前にもここで会った領主の遣いの貴族と騎士たちが、のしのしと踏み入ってくる。
「魔術師ハイアート殿、早朝から失礼する。昨日の催しについて我が主は大変お喜びであり、そなたの働きに対して褒美を取らせたいとの旨、伝えに参った」
紳士はカチンとかかとを鳴らして背筋を伸ばし、一礼したのちに、背後の騎士から小さくふくらんだ皮の袋を手渡された。
銀貨が十枚ぐらいかな。少し多いけど、その程度なら仕事に見合った適正価格といっていいだろう。
「そうですか、ご満足いただけて幸いです。ご褒美、ありがたく頂戴いたします」
ぼくは深く頭を下げながら、貴族の男から皮袋を受け取る。袋の中でかちゃりと金属音がかすかに響いて、我ながら現金な奴とは思うが、心の底から嬉しさが込み上げてきた。
「──加えて、我が主より……領主家の家臣とならぬかどうか、一応訊いておいてほしいと頼まれておる。返答はいかがするか」
「大変にありがたいお誘いですが、申し訳ありません。固辞させていただきます」
「そう申すだろうと、我が主もおっしゃっていた。その場合は、そなたにある人物を紹介するようにと命じられておる。──昨日の蚤の市に参加した隊商の長が、我が主との懇談の際にそなたの話を聞いて是非会いたいということだ。我々はこれで失礼するが、代わりにその者と話をしてほしい」
「……分かりました」
領主の遣いは宿を後にして、馬車が走り去る。それから間もなくして、中年の男が一人、玄関の扉をくぐり抜けてきた。
「──ああ、やはり君でしたか! ハイアート君……あれから、立派な魔術師になられたのですな。会えて嬉しいですぞ」
ぼくは、二日酔いの気分の悪さも忘れて、驚愕に目を見開き──それから呆然と、彼の名前を呼んだ。
「ヘベニッフさん……!」
「ソプレンさん、エンルバさん。お世話になりました」
宿屋の玄関先まで見送りに来てくれた二人に頭を下げて、ぼくは、寂しげに微笑んだ。
マラン王国の商人であるヘベニッフは、その後十分な資金ができたため、さらに遠方へと足を伸ばして行商するために二年前から隊商を率いるようになったという。
そして、領主との懇談の席で、ハイアートという放浪の旅をしている奇特な魔術師がこの街にいると聞き、ぼくに一目会いたいという思いもあったが、何よりこれから北部に向けて出発する隊商の護衛として雇いたいという目的でぼくの元を訪れたのだった。
もちろん、ぼくは二つ返事で承諾した。ヘベニッフさんとその商人仲間たちとの旅なんて、願ってもないことだ。
「こちらこそ、大変お世話になりました。またイダラバにお寄りの際は、ぜひうちの宿屋をご利用ください」
「いってらっしゃい。身体に気をつけて、元気でね」
手を振る二人に、ぼくはもう一度おじぎをしてから、きびすを返した。足の先が向く方には、大きな背負いカバンを負ったヘベニッフが、ぼくを待っている。
「お待たせしました。行きましょう」
「はい。我らが『ヘベニッフ隊商』は、すでに北門の外で待機しております。少し急ぎましょうか」
口髭を持ち上げてにっこりと笑いつつ、ヘベニッフは大股に歩き出す。その後ろを、ぼくは小走りについて行った。




