最後の晩餐
快適な空の旅。
毎回行き来している航路は変わらない様子で、眼下に広がる景色はいつもと同様である。
暇を持て余して景色を眺めている時もあるが、大方寝ている。
空から見た景色というのは、地上で見る景色とはまた違い、この世界の文明の凄さを改めて目の当たりにする。
中野県の辺りは割と自然豊かで、家の間隔も広めになっている。
この世界でいう田舎なのだろう。
田舎とは言うものの、俺達の元の世界グランビューデルとはそれでも文明の差が歴然である。
竹本市のシンボルであろう竹本城の造りが木造であり、築城から年数が経っているとの事だが、それでもその技術はグランビューデルの建物の構造になんら遜色がない。
竹本城が築城500年と言う事は、グランビューデルがこの世界の文明の域に達するのは少なく見繕っても500年以上は掛かるという事だろうな。
そんな事を考えていると、徐々に建物の間隔が狭まって行き、高さも高くなって行く。
コンクリートで覆われた建物の森が、本格的な大森林となった頃、スカイタワーがお目見えする。
一際高く、目立つスカイタワーは、ここが下野ですよと言わんが為にある様に目立つ。
それが見えると間も無く到着の下野だ。
こんなにもコンクリートの大森林が広がっているのに、1箇所だけポツンと空間が空いている様な梅園寺邸宅敷地。
ヘリコプターが着陸するにも余りあるその土地へ帰還を果たすと、着陸地点にリオナールと茉莉華が待ち構えていた。
「おかえり、ケン!」
「おかえりなさいですの」
「ただいま」
「で、どうだったんだ? もこもこの中の人は」
「ああ、一先ずゆっくりお茶でも飲みながら話そうか」
「あっ、これは気付きませんで申し訳ありませんの。すぐご準備を」
この世界の住人より体力はあるものの、それでも魔術師の俺には体力がない。
今回はそれ程歩き回った訳でもないし、移動も快適。
体力を消耗して疲れ切って帰って来た訳でもないのだが、やはりこの世界のお茶は美味い。
ましてや、梅園寺家の用意する高級茶や茶請けはそれはそれは美味しい物だ。
この家に来て何も口にする事も無く、立ち話で終わらせるなどあってはならない。
むしろそれらを堪能しつつ、小一時間今後について話し合いをしたいものだ。
さて、そうはいったものの、話題は1つ。
もこもこの中の人に断られましたって事だけだ。
それだけなのだが、とても今後を左右する話題である。
もこもこを置いて帰るのか、それとも他の案を検討するのか。
「まぁ、そういう訳で、もこもこの中の人、あれはダメな奴だ」
「そうか……もこもこも残念な奴だからな……」
「この親にしてこの子ありとはまさにあれだな」
「もこもこは帰りたがっていたんだろう?」
「ああ、だが中の人、掌握 天下っていうんだけどな、あれが承認しないと元も子もない」
「もこもこだけ置いて俺らだけ帰る訳にいかんしな……」
「そこが問題なんだよな……」
「ところでもこもこは今どこに?」
「今は天羽の制御下に置かれていて、まさに借りて来た猫状態だな」
「睦月の中の人にも報告しないとだろうし、もこもこの様子見も兼ねて行って見るか」
「いいのか? お前はボディガードの仕事があるんだろ?」
「少し位平気だろう。なぁ? お嬢様?」
「え? あ、はい。今日は特にお出かけする予定もありませんし平気ですの」
「そうと決まれば、直ぐ行こう!」
「いや待て、リオナール。もう時間が遅い。今日は俺もここに泊まらせてもらうから、明日また出向こう」
「ん? そうか。明日も平気か? お嬢様」
「ええ、午前中でしたら平気ですの」
「そうか。じゃあ明日だな!」
時刻も既に夕方。
この時間から天羽母宅へ行ってしまうと、晩飯は天羽母飯になってしまう。
天羽母飯なら悪くはないのだが、やはりここは豪華な梅園寺家の食事を取って明日の活力にしなければなるまい。
これからまた、更なる問題に立ち向かわなければならないのだからな。
そして待ちに待った夕食の時間。
期待を裏切らない梅園寺家の豪華な夕食。
もはやホテルディナーと遜色ない様々な料理を盛り付けられた皿が、次々とテーブルの上へと乗せられて行く。
この世界のホテルディナーなど食べた事はないのだが、天羽宅でTVで見たホテルディナー特集に出て来る料理などあれは紛い物だ。
このテーブルに並べられた料理こそがこの世界の真の料理であろう。
匂いだけで美味しい。
どんどん並べられて行く料理が、並べ終わるのを待ちきれない位に胃を刺激して来る。
まさに今俺は、闘牛が闘技場に放たれる寸前の如く、マタドールもとい料理を狙い地面を蹴っている。
そして、今試合開始のゴング。
闘牛は闘技場に放たれた。
だが、その後意識は無い。
無心に飯を頬張り、腹の隙間という隙間に食べ物を詰め込みまくり、そして気付いたらベッドの上に居た。
食べ物を口に運び、その合間に「うま! うまっ!!」と発していた事だけは覚えている。
至福の時であった。
もうお腹がいっぱいで動けない。
動きたくない。
もこもこの事とか、元の世界に戻るとかどうでもよくなる。
しかし、この世界に居残ったところで、この家の飯にずっと有り付ける訳でもなかろう。
今は居候の仲間という、少し関係性が薄い状態であるからして遠慮も無用だが、いざこの世界に残るとなると話は別だ。
リオナールは元の世界に戻るとなると、もうこの梅園寺家との関係性は希薄な物になってしまうだろう。
リオナールがこの世界に残り続けるとしても同じであろう。
リオナールはボディガードであるからして、今の居候兼ボディガードだからこの食卓に一緒に並んでいるのだ。
専任ボディガードに格下げになったらこうもいかないであろう。
また、俺は魔術師であるからして、体力も俊敏性も今一欠ける。
となると、この家のボディガードにリオナールの代わりに納まるとしても同僚として納まるにしても、少し分が悪い。
もしこの世界に残るという選択になってしまったとしたら、梅園寺家との濃密な関係性を築いておかなければなるまいな。
そんな私欲まみれな妄想をしている間に、いつの間にかまどろみに襲われ眠りに就いていた。
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翌朝、食べ過ぎによる胸焼けを感じつつ起床。
朝食はそんな俺に配慮し尽くされたかの様な優しいおかゆ。
おかゆ1つでも別物である。
またもおかゆでお腹をぱんぱんにしそうになるも、この後の行動を考え辛うじて控える。
天羽母へこれから向かう事を伝えるメッセージを送り、もこもこも天羽母宅に居る事を確認した所で出発の準備に取り掛かる。
準備と言っても、着の身着のまま天羽から借りたままのジャージに着替えるだけである。
就寝時に用意されていた梅園寺御用達の寝巻きの様な、とても肌触りの良い衣装からごわごわのジャージに着替える。
ごわごわのジャージだけれども、寝ている間に綺麗に洗濯もされ整えられていた。
まさに至れり尽くせりである。
名残惜しさを感じつつ天羽母宅にやってくると、何時もの如くインターフォンを押す。
中からワンワンと泣き声が聞こえて来ると、ガチャリと扉が開かれた。
扉を開けて出て来たのはもこもこであった。
助けを求める様な、懇願をした表情を浮かべ、訪ねて来た俺達にすがって来た。
「りおにゃー! けんじろー! 会いたかったにゃー!」
「お、おうそうか。それは嬉しい事を言ってくれるね」
「ふん。どうせまた天羽母のプレッシャーから逃げて来たんだろ」
「ぷ、プレッシャーとかないにゃ! めったな事言うもんじゃないにゃ! バカけんじろめ!」
「ほう、そういう口の利き方か。お前の為に動いて来た俺に向かって」
「わ、悪かったにゃ。でもめったな事は言っちゃダメにゃ。わたしはここに居れて幸せにゃ!」
一際大きい声で、後ろに居るであろう天羽母の気配をチラチラと伺いつつアピールをするもこもこ。
そんなにも飼い馴らされてしまったのかと少し可哀想にも思えたが、笑える光景でもあった。
そんなわざとらしい演技をするもこもこを押し退け、天羽母のいるリビングへと進む。
天羽母はというと、もこもこのそんなアピールも気にも留めず、お茶を啜りつつショコラを嗜めていた。
「いらっしゃい。行って来たのね、中野県。どうだったの?」
「ああ、端的に言うとだめだったな」
「そうなのね……私の方でも少し面白い物見つけてね、けんじろう君に連絡しようと思ってたのよ」
「ん? なんだ? 面白い物って」
「これを見て」
天羽母は俺にノートパソコンの画面を見せて来た。
それは、ゲーム情報やメンテナンス情報等の記載が書かれた、シーナリーリピートというゲームの公式サイトであった。
「ここ、このメンテナンス情報なんだけどね、ギガコマ討伐時の不具合による追加措置って所ね」
「なになに……ゲーム内データに異常をきたしている可能性があるユーザがいる為、ゲームデータの巻き戻しを実施……?」
「そう。こういったゲームではね、何かの不具合等でユーザ間で不整合が起きたり損害が発生した場合にこういう措置を行うの」
「ふむ。それでゲームデータの巻き戻しとは具体的に何をするんだ?」
「恐らくなんだけど、ギガコマ討伐の不具合が最初に発生したであろう日までデータを巻き戻して、何もなかった事にするって感じ?」
「何もなかった事に……」
「そう。あなた達が、ていうか私達なんだけど、ギガコマを討伐に行っていない事にするの。その後に取得した経験値やアイテムも全部なし」
「リオナールはどうなる? 今新しいキャラで作り直してもらってこうしてここにいるんだぞ」
「そうね……キャラクターデータが消えちゃったのがギガコマ討伐関連になるわけだし、巻き戻されて元の状態のキャラクターデータも復活ってところかしらね」
「討伐がなかった事になるって事は、俺達がこの世界に飛んでいない事になるんじゃないか?」
「そうね。もしかしたらそれで元の世界に戻るんじゃないかしら」
「記憶は……どうなるんだ?」
「どうかしら……私達の記憶は消えないけど、あなた達がどうなるかまでは予測出来ないわね……」
なんて事だ……
キャラクターデータが巻き戻しだと……
俺達の存在はどうなるんだ。
今ここに居るという事実はどうなるんだ。
元の世界に戻れたとして、今の記憶はどうなるんだ。
突然沸いた話に動揺が隠せないでいた。
「何故、急にそんな話になったんだ……?」
「なんかね、別のユーザで情報を共有してる掲示板みたいなのがあるんだけど、そこに少し話題になってる事があるのよね」
「どんな話題だ?」
「今回の不具合に巻き込まれたユーザの中に大富豪のお嬢様がいて、そこから圧力がかかったんだとか」
「それって……リオ子ちゃんの事じゃないか……?」
「どうかしら、分からないけどお父様に相談してみるとか言ってたわね……」
「完全にそれな気がするな……」
「あとね、とても粘着なクレーマーが執拗に対応を迫るメールを毎日送りつけてたんだって……」
「なんか嫌な予感しかしないなそれ……」
「あまりの酷さに運営の誰かが文面をネットに拡散しちゃったらしいんだけど、それの影響もあったりなかったりとかという噂ね」
「それ多分もこもこの中の人の仕業だぞ」
「そうなの? もこもこちゃんの中の人ってそんな酷いの……?」
「まぁ尾ひれはひれは付いていそうだが、俺と話た最後に公式に抗議をするだとかなんとか言ってたからな……」
「そうなのね……でもまぁレベルが下がる事なく元通り遊べる様になるなら本人かどうかは知らないけど満足なんじゃないかしら」
「そうだな、結果的にはそうなる。それでその巻き戻しの日というのはいつなんだ?」
「丁度1週間後ね」
「そうか……」




