第九十九話:命を賭けても逃げない (その六)
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半キロ以上離れた場所からでも、クレーターの中央の瓦礫の山から、岩や氷塊がいくつか転がり落ちたのがはっきりと見えた。
「ま……まさか……?」
戦士アカリがどもった。
グオオオオオオオオオオオオオオオオ
その腹の底から響く咆哮が、まさにその「まさか」だったことを告げていた。これ以上の確認など必要ないと言わんばかりに、筋肉質で太い左前腕が地面から突き出した。巨大な爪の先端まで含めると、その長さは2.36メートルに達していた。続いて左手を地面に押しつけ、残りの体を引きずり出した。言うまでもなく、眉間に皺を寄せ、牙をむき、よだれを垂らすその顔には、友好的な雰囲気など微塵もなかった。
ゴリラのような生き物が岩塊の中から姿を現すと、戦士たちは目を見開き、震える手で剣の柄を握った。
獣の右腕は肩からだらりと垂れ下がっていた。生き延びてはいたが、無傷ではなかった。それでも……それでも、その強大さを侮ることはできなかった。
そして何より、もう上から投げつけられる丘はなかった。いや、本当にそうだろうか?
残されたのは剣と矢だけ。どちらも役に立たない。……本当にそうだろうか?
ガスを閉じ込めていた圧力が失われたことで、メタンハイドレートの構造は急速に分解した。クレーターの地面から、ガスが噴流となって噴き出した。噴出口の周囲では、空気中の水分が凝結して雲となり、まるで呼吸の煙のように見えた。
「火矢……」
王さん――いや、グァングィ、ズィン家ん三番手が言いかけたが、またしても声が出なかった。
彼女は右手を喉に当て、もう一度叫ぼうとした。しかし、やはり声は出なかった。周囲を見回した彼女の視線が、戦士アカリの目が合った。彼はただ頷いた。
「火矢を用意せいっ!」
彼は命じた。
その瞬間……。
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イェレンは左手で大きな岩塊をつかみ、戦士たちに向かって投げつけた。弱っていたせいか、 メタンによる酸素不足のせいか、岩は狙いを外れたものの、彼らのすぐ下のクレーターの壁面に激突した。その衝撃で、縁の一部が崩れ落ちた。
12センチ。それだけだった。だが、地面に立っていた戦士たちをクレーターの中へ落とすには、それで十分だった。少し後ろにいた隊長だけは、難を逃れた。
「う……うそ……」
王さん――いや、グァングィ、ズィン家ん三番手は、縁に向かって這いながら、どもった。
彼女は首を伸ばした。
戦士たちは立ち上がっていた。深さはそれほどでもなく、毛皮の外套が着地時の衝撃の大部分を和らげてくれた。だが、それでも地表まで戻ることはできなくなっていた。
戦士アカリは、縁の上にいる隊長を見上げた。
「おいどんらは大丈夫でごわす。ご心配には及びもはん。ここからはおいどんらでやれもす。少しばかりお待ちくだされ。すぐ無事に戻ってまいもす」
そう言いながら、戦士たちは背中の矢筒から矢を取り出し、弓を手に取った。
「よ……よせろ」
彼女は、聞き取れないほど小さな声でどもった。
ゴリラのような生き物は、左の握り拳で自分の胸を叩いた。
グオオオオオオオオオオオオオオオオ
チィは空高く大きな弧を描き、急降下を始めた。
戦士たちは、矢に火矢の鏃を取り付けた。
「よ……よせろ」
ゴリラのような生き物は、三本の手足で体を支えながら立ち上がった。
チィは旋回の途中だった。
戦士たちは火矢の木製の栓を引き抜き、導火線を穴に差し込んだ。
「よ……よせろ」
イェレンが彼らに向かって進んできた。
チィは旋回を終えた。
戦士たちは腰の袋から鉄製の火打ち金と火打ち石を取り出し、ゆっくり燃える綿の火口に点火した。
「よ……よせろ」
ゴリラのような獣は、進み続けた。
チィが急降下した。
戦士たちは導火線に火をつけ、弓の弦を引き絞り、矢を上に向けた。
王さん――いや、グァングィ、ズィン家ん三番手は泣き始めた。
ゴリラのような獣が射程内に入った。
チィはクレーターに入り、戦士たちをつかめるよう、脚を前方へ伸ばした。
戦士たちは弦を放した。矢は放物線を描いて飛んでいった。
「よせろぉ〜!」
ついに、その叫びは大きく響き渡り、クレーターの空洞にこだました。
3
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クレーターの底では、メタンと空気がほぼ理想的な割合で混ざり合っていた。燃える矢が、メタンと空気の混合気が燃焼可能な濃度に達している層へ近づくと、炎の熱が反応に必要なエネルギーを与え、燃焼が始まった。
メタン分子一つと酸素分子二つが反応するたびに熱が放出され、その熱が周囲の混合気の燃焼を促した。こうして連鎖反応は、クレーター内のガスの下層へと広がっていった。
高温のガスは急速に膨張したが、周囲の空気がその膨張に抵抗した。その結果、混合気が圧縮された領域が生じ、そこで燃焼が始まる。混合気は膨張するが、再び周囲の空気に抵抗され、新たな圧縮領域が生まれる。こうして爆轟の前面は、その場所の音速を超える速度で伝播していく。
今回、その速度は毎秒1,700メートル以上、およそマッハ5に達した。
圧力がこれほど急激かつ激しく変化すれば、生物に致命的な影響を及ぼしかねない。過圧は細胞やその構成要素に分子レベルの損傷を与え、場合によっては破壊することさえある。衝撃波があまりにも速く伝わるため、逃げようとしても間に合わない。
ボワアアアアアアアアアアアアアアアアアアァ゙
この場に衝撃吸収材などなかった以上、唯一の安全策は、衝撃の中心からできるだけ離れることだった。というのも、ピーク圧力は距離の三乗根に反比例して減衰するからだ。
爆発が起きた瞬間、戦士たちはクレーターの縁にいて、イェレンからは約100メートル離れていた。そのため、戦士たちとチィが受けた過圧は、イェレンが受けたもののおよそ4分の1だった。
それでも、即死をかろうじて免れるのが精いっぱいだった。だからといって、軽傷で済んだわけではない。もしかすると、即死したほうがましだったのかもしれない。
王さん――いや、グァングィ、ズィン家ん三番手は比較的安全だった。クレーターの壁が爆発の大部分を上方へと逸らしてくれたからだ。
一方、クレーターの中にいた戦士たちは、トラックに跳ね飛ばされたかのような衝撃を、ガス状の何かから受けた。決して、心地よい体験などではなかった。
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焦げた髪や羽毛の、鼻をつく臭いがクレーターの底から立ち上っていた。
ゴリラのような生き物は、クレーターの地面に横たわっていた。目と鼻孔、口から血が流れ出している。黄土色をした短い針金のような剛毛は、まるで焦げたキャラメルのような色と質感になっていた。
チィは脚をぴくぴくと動かした。羽毛の大半は、ねじれた羽軸だけになっていた。
戦士たちもクレーターの地面に倒れ、体から血を流していた。毛皮の外套は黒焦げになっていた。それでも、うめき声が聞こえるということは、まだ生きているということだった。かろうじて。
王さん――いや、グァングィ、ズィン家ん三番手は周囲を見回した。ここへ降りられそうな場所はどこにもなかった。ロープもない。周囲には、ロープ代わりに使えそうな植物も見当たらなかった。
そのとき、羽ばたく音が聞こえた。
自分のチィだった。ようやく木の枝から抜け出せたらしく、木のてっぺんからてっぺんへと短い距離を飛び移りながら近づいてきた。そして、少しぎこちない滑空で地面に降り立った。
彼女はそのフクロウのような生き物のもとへ駆け寄り、長いこと会えなかった誰かと再会したかのように抱きしめた。
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彼女は鞍の下に両手を差し入れた。鞍頭と鞍尾をつかみ、鞍がしっかり固定されているか確かめた。それからフクロウのような生き物にまたがり、手綱をそっと揺らして、チィが自由に翼を広げられるか試した。
傷ついた羽では飛行は無理だろう。だが、クレーターの底まで彼女を降ろすことなら、きっとできるはずだ。運がよければ、その後で彼女をここから連れ出すこともできるかもしれない。
次に、彼女は自分のハーネスと鞍をつないでいたストラップをつかもうとしたが、それが切れてしまったことを思い出した。
「しかたない……」
と彼女はため息をついた。
それから、涙を拭いながら、フクロウのような生き物に向かって言った。
「よし、行くぞ!」
キィィィィィィィィィィッ




