第九十二話:何があっても誰も手は出さない
1
---------
「へえ〜」
新しくできた衛生室を見て、王さん――いや、グァングィ、ズィン家ん三番手は感嘆の声を上げた。
たった一朝で、駐屯地の職員たちは深い汚物溜めを二つ掘り、三つずつの個室を備えた木造の小屋を二棟建てることができた。汚物溜めの内側には砂、木炭、砂利が敷き詰められていた。
理想的な衛生設備とは言えなかったが、これまでのやり方――おまるの中身を駐屯地の周囲や、さらには駐屯地の中の適当な場所に捨てるだけ――と比べれば、確実に改善されていた。
男たちは不満をこぼしたが、隊長の命令に逆らう者はいなかった。
……ほとんど、いなかった。
2
---------
「なんじゃ、あん軟弱なおなごは! 隊長のふりしちょってからに! ズィン家ん三番手じゃと? 笑わせんな! 兵士らしか話し方もせん、貴族らしゅうも、宮廷人らしゅうもなかじゃっど!」
左目に傷のある戦士が叫んだ。
「おい、よさんか! 死罪にでもなったら、おいどんらにもおはんば助けられんど……」
アカリが小声でささやいた。
「今、何か言った……戦士クァリタヲポノ?」
王さん――いや、グァングィ、ズィン家ん三番手が尋ねた。
「お……おはんの名前ば知っちょっと……ごくっ!」
アカリはどもりながら答えた。
「おいの名前ば知っちょろうが、おいの玉ば知っちょろうが、そげなこつぁどうでんよか! あん女は偽ん隊長じゃっど! おいは偽ん指揮官にゃ従わん!」
「へえ、私の話し方が気に入らないの? そいなら、安心しちょってよかど」
3
---------
管理棟の前に、駐屯地の者たちが輪を作っていた。戦士も召使いもいた。見物するために持ち場を離れた見張りさえ、何人もいた。
その輪の中央にいたのは、王さん――いや、グァングィ、ズィン家ん三番手と、クァリタヲポノだった。
「よく聞きなさい! 何が起ころうと、誰も口出しはせんど。わ……グァングィ、ズィン家ん三番手として、勝負ん結果がどげんなろうと、クァリタヲポノにゃ一切罰ば与えんち約束すっど。おいはこん駐屯地ん隊長としての地位ば賭けっど。負けたら、相手に称号も地位も譲り渡す。……実んところ、戦士アカリ、おはんにゃ、まずおいに異議ば申し立てる権利があっど……異議ば申し立てんのか? よか。なら、今回ん相手は戦士クァリタヲポノじゃっど!」
王さん――いや、グァングィ、ズィン家ん三番手は剣を抜き、右肩の上に構えた。それから右足を後ろへ引いた。しかし、剣の刃には届かなかった。何しろ、短剣だったのだ。
脚と腰の反動を使わなくても、あの技は通用するのだろうか? それに、剣の重さも、闘技場で使ったあの幅広の剣より軽かった。
そして何より、闘技場での試合は、おそらく仕組まれていた。今回は、そんなことはないだろう。
それから彼女は剣を鞘に戻し、待った。
4
---------
戦士は剣を頭上高く振りかざしながら向かってきた。彼が近づき、右腕を振って斬りつけようとした瞬間、彼女は前に出た
護身術。振り上げの形。
右手で相手の顎を打ち上げ、左手で相手の右腕をつかんだ。それから左足を相手の右足の横に置き、身体をひねって、左脚と相手の右脚の間に右脚を通した。そして右脚を後ろへ引き、戦士の右脚に引っかけた。
そして……
何も起こらなかった。
体重と力の差によって、大外刈りは通用しなかった。
戦士は左腕を振っただけで、彼女を投げ飛ばした。
「痛っ……」
彼女はうめきながら立ち上がった。
「降参すっとか? おいとおはんの力の差は、どう足掻いても埋まらんど。今度は手加減せんからな!」
彼はそう言った。
彼女はただ右手を前に伸ばし、手のひらを上に向け、指を何度も手前に曲げた。
クァリタヲポノは再び突進してきた。
5
---------
もう一度。護身術。振り上げの形。
しかし今回は、右脚を振り上げる前に、彼女は相手の股間をじっと見つめた。
それに気づいた相手は、股間への膝蹴りを防ごうと左脚を上げた。
だが、彼女はそのまま通常どおり大外刈りを仕掛けた。すでにその脚に全体重をかけてバランスを崩していた相手は、彼はあっけなく倒れた。
彼が立ち上がろうとしたとき、彼女は剣を抜き、その切っ先をまっすぐ彼の喉元に向けた。
一本。八百長なし。




