第九十話:汚れても穢れない
1
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「堂々としてるよね?」
王さんが言った。
「本当にこれに乗れるの?」
高橋さんが尋ねた。
「……恐ろしく見えるけど、実際は、慣れてくるとかなりおとなしいよ……」
「本当にこれに乗れるの?」
「……チィって呼ばれてるんだって……」
王さんが答えた。
「本当にこれに乗れるの?」
「……簡単だって言ってたし……」
「本当にこれに乗れるの?」
「……乗り方も教えてもらったし……」
「本当にこれに乗れるの?」
「……それに、安全ハーネスがあって、ストラップで鞍に繋がってるし……」
「本当にこれに乗れるの?」
「……だから、安心していいよ」
「本当にこれに乗れるの?」
2
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王さんは、鞍の腹帯に手を差し込んで、しっかりと締まっているかを確かめ、それから鞍頭を引っ張った。チィの胴体に安定してしっかり固定されているようだったので、左手で手綱を握り、右手で左側の鐙をつかんで、自分のほうへ向けた。
左足を上げて鐙の輪にかけた。左手で鞍頭をつかんだまま――手綱は離さずに――右脚で跳ね、チィの左側に立つような位置まで身体を移動させた。
次に鞍の後部をつかみ、右脚で勢いをつけながら右腕で身体を引き上げた。右手を鞍頭へ移し、右脚を鞍の上から反対側へ回した。右足を右側の鐙にしっかりとかけ、ようやくフクロウのような生き物の背に腰を落ち着けた。
手綱を軽く揺らすと、チィは翼を広げた。翼が自由に動くことも確認できた。
高橋さんが何かを持って近づいてきた。彼女は右腕を伸ばし、つま先立ちになって手を高く掲げた。
王さんは右手で鞍頭をつかんだまま、左側へ身を傾け、左腕を伸ばして手を下ろした。
「チィに乗る前に渡してくれてもよかったのに」
彼女はそう言いながら、それを受け取った。
「そんな格好をさせる絶好の機会を逃すわけないでしょ?」
王さんは人差し指と親指でそれをつまみ、調べた。
「学校のピン?」
「この前、自分のをなくしたでしょ?」
「まあ、これからはズィン家んの紋章になるんだね。ありがとう」
「気をつけてね」
「私を誰だと思ってるの?」
「だからこそ、気をつけてって言ってるのよ」
高橋さんが離れていくと、王さんは手綱をさらに強く揺らした。チィは脚を曲げて前かがみになり、それから翼を広げた。脚を伸ばして身体を前方かつ上方へ押し出し、翼を羽ばたかせた。ほとんど一瞬のうちに、彼らは空へ舞い上がっていた。
空高く上昇するにつれて、高橋さんや、別れを告げに来ていたほかの女子たち、チィの馬屋、そして街は、どんどん小さくなっていった。街の喧騒は、やがて風のうなりへと取って代わられた。
五頭のチィからなる飛行隊は、矢じりのような隊形を組み、東の駐屯地へ向かった。
3
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「うわぁ! 生き返る!」
お風呂に入った吉田さんが叫んだ。
「本当に私たちのためにお風呂を用意してくれたなんて、信じられない」
加藤さんが言った。
「言ったでしょ、紬!」
「『風呂を用意してくれるって……それとも風炉だったのかな』って言ったのだ」
「みんな、楽しんでくれ! 君たち全員へのプレゼントだ! この偉業を成し遂げたのは、この俺、井上結翔だ! 感謝しなさい!」
少年はそう言いながら、女子風呂へ勢いよく飛び込んできた。
一瞬、完全な沈黙が訪れた。
次の瞬間、女子たちは目を大きく見開いて叫び始めた。タオルの後ろに隠れたり、湯の中へ潜ったりした。何人もの女子が、湯桶を彼に向かって投げつけた。少なくとも二、三個は命中し、そのうち一つは顔面に直撃した。
「何の騒ぎなの?」
佐藤先生が入ってきて尋ねた。
「この変態男が女子風呂に侵入したんです、先生!」
普段は穏やかで優しい表情をしている佐藤先生が、鬼モードになるとどれほど恐ろしい姿になるのか。それを想像できる者は、ほとんどいなかった。
実際にその姿を目撃した不運な者たちは、額から本物の角が生え、歯列には牙が伸び、鼻の穴からは火まで吹き出していたと断言するだろう。
その日、井上くんもまた、そんな光景を目撃するという特権――あるいは災難――に恵まれた人々の一人となった。
4
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「静ちゃんがどこだって?」
伊藤さんが叫んだ。
「だから、体育館のほうへ出かけたって……」
高橋さんが答えた。
それを聞いた田中さんは、その場に膝から崩れ落ちた。
「な……何があったの、みっちゃん?」
高橋さんが尋ねた。
伊藤さんは田中さんを見て、唇をきゅっと結び、しばらく視線を落とした。
「そうね……見せたほうがいいと思う……」
そう言いながら、彼女は田中さんのそばにしゃがみ込み、その肩を抱いた。
5
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「そんなに女子風呂に入りたかったんでしょう? なら、願いが叶ったと思って、これを受け入れなさい。だいたい一時間半後に戻ってくるわ。それまで、楽しんでね……」
佐藤先生はそう言い残し、部屋を出ていった。
成人の人間の身体からは、安静時でも一日に約9グラムの古い皮膚細胞が剥がれ落ち、さらに約19グラムの皮脂が分泌されるそこに、ほこりや衣服の繊維くず、皮膚に生息する微生物などが加われば、一日あたり蓄積する汚れは50グラムを優に超える可能性がある。
約十日間にわたる激しい運動と、600人を超える人数。その半数が女子だったことを考えれば、女子側だけでも、皮膚由来の汚れが150キログラム以上生じていた可能性がある。もちろん、その多くは剥がれ落ちていたとはいえ、残っていた汚れの量を過小評価すべきではない。
そして、風呂で洗い流された汚れの大半は、湯垢や沈殿物となって浴槽の壁や浴室の床に残っていた。それを浴槽の壁や浴室の床からこすり落とさなければならなかったのが、井上くんだった。
「鬼ぃ〜……」
井上くんは「歯を食いしばりながらつぶやいた。
「聞こえてるわよ!」
廊下から先生の怒鳴り声が飛んできた。
「文句を言わないの。戻ってきたときには、隅々までピカピカにしておきなさい。謙虚さと清らかな心を学ぶための教訓よ。感謝しなさい!」
と、彼女は付け加えた。




