第八十六話:負けても認めない (その一)
1
---------
パァン!
大きな泥のボールが、輪のついた柄を持っていた男の額にまともに直撃した。紫色の鉢巻きが吹き飛び、男はそのまま地面に倒れ込んだ。泥のボールは眉間のあたりにめり込んでいた。
王さんは輪のついた柄を持っていた男のところへ走っていった。
「おい、兄弟。大丈夫じゃっとか?」
男のチームメイトの一人が言った。
全員が彼を取り囲み、前かがみになっていた。
彼女はその間をかき分けて進んだ。しゃがみ込み、男の顔の前で手を振った。。
「うっ!」
男はそう反応した。
「よし」
王さんは言った。
彼女は男の頭から泥のボールを取り、輪のついた柄をつかむと、そのボールを網の上へ落とした。
その後、腰の袋を外し、残っていたボールをすべて輪の中へ流し込んだ。
「ねえ、審判さん……」
彼女は、泥のボールでいっぱいになったゴールの網を見せながら言った。
「は……はっ!」
審判は、それだけしか言葉にできなかった。
2
---------
王さんは両腕を頭上高く掲げた。
まだ床に倒れたままの紫チームの輪のついた柄を持っていた男を除き、ほかの選手たちは皆、首を傾げ、眉間に皺を寄せながら彼女を見ていた。そして審判を見て、また彼女を見て、もう一度審判を見た。
審判はしばらくその場に立ったまま、黙っていた。
そして――
「ア……アウト」
彼はどもりながら言った。
「待って!」
王さんが言った。
「何ばしちょっとか? おいどんら、負けたど……」
黄色チームのリーダーが怒鳴った。
彼女はただ、右手のひらを彼に向けた。
「審判。あなたは間違ってる」
彼女は言い張った。
審判は黙って彼女を見た。
「ルールには、ボールが輪を完全に通過して、ゴールの網に保持されなければならないとしか書いてない。ここにある。網には23個のボール。相手チームが捕ったのは22個」
「おはん、わざとあいつば殴ったじゃろ!」
審判が言い返した。
「ルールには、ボールがゴールの網に保持された場合、その場合は攻撃側のチームの得点になります。ここが、そのケースです。
または、インターセプターが手袋で保持した場合にのみ、ボールがインターセプトされたとみなすとしか書いてない。その場合、インターセプターが攻撃側のチームなら試合は続行されます。逆に、インターセプターが守備側のチームなら、守備側のチームの得点になります。そして、地面に落ちた場合か、競技フィールドの外へ出た場合にのみアウトになる。どれも当てはまってない」
「ボールぁ地面に当たったど」
「当たってない。地面に当たったのは選手。ボールは、その選手の上に安全にあった」
「こいは暴力行為じゃっど!」
「攻撃行為とみなされるのは、相手の目や股間を攻撃した場合、あるいは誰かに噛みついた場合だけ。それらのどれにも当てはまらない」
「こいは審判が判断できるこっじゃっど!」
「ルールに記載されていないケースだけが、審判の判断に委ねられる。攻撃行為については明確に定義されていて、記載されていないわけじゃない。特別規定にも、攻撃行為に該当する場合を除き、選手の身体のどの部分にボールが触れても、試合上は中立として扱うとはっきり書かれている」
審判の左のこめかみには、いくつかの血管が脈打っているのが見えた。
3
---------
審判はアリーナのテクニカルエリアまで歩いていった。そこで副審たちと大会委員長に話を聞いた。それから、ゆっくりと選手たちのいるところまで戻ってきた。
「せ……セーフ。得点を認める。黄色チームの勝利」
歯を食いしばりながら、そう言った。
王さんは再び両腕を上げ、跳ねるようにしながら、チームメイトたちのところへ行ってハイタッチをしようとした。
しかし、誰一人そんな気分ではなかった。誰も顔を上げようとさえしなかった。全員が腕を組み、険しい顔をしていた。そして、震えていた。
紫チームの選手たちは審判を取り囲み、腕を振りながら叫んでいた。
スタジアム中でブーイングが起きていた。
埼玉県立熊山国際工業高等学校の生徒たちを除いて。
実際のところ、生徒たちの大半は黙ったまま、何が起きているのかを見ていたが、おそらく何も理解していなかった。
ただ、高橋さんたちのグループだけは、明らかに大喜びしていた。
もっとも、それは王さんの勝利を祝う彼女の跳びはねや腕を突き上げる動きに対する反応だったのだろう。実際に何が起きたのかを理解していたから、というわけではないみたい。
吉田さんが、審判は王さんのチームの「勝ち」と宣言したと確認してくれた後でさえ、そうだった。
いや、もしかしたら「徒」と言っていたのかもしれない。
「どっちだよ」
加藤さんが尋ねた。
「さあ〜」
「答えてよ……」
4
---------
両チームの選手たちは、アリーナの中央に整列していた。何人かの役人もその場にいた。
私服の男の一人が、紫チームのメンバーたちに銀色のバッジを渡した。彼らは眉をひそめ、鼻で笑っていた。
黄色チームのメンバーたちは皆、沈んだ顔をしていた。ただ一人、王さんだけは、胸を張り、歯を見せながらニヤニヤ笑っていた。
紫色のローブを着た老人は、勝利したチームに金色のバッジを渡す役を務めた。さらに、優勝トロフィー――ボンジュルの牙を彫って作られた、暴れ狂うフクロウのようなチィ――を手に取った。
チームのキャプテンは、気まずそうな笑みを浮かべながら両手を上げ、賞品を受け取ろうとした。しかし、老人は彼を無視し、そのまま王さんのところへ向かった。
「おめでとうさん。賢い、せやけどあまりにも策を弄した勝ち方やったな。」
そう言って、彼女にトロフィーを渡した。
「まあ、なぁ〜」
彼女はニコニコしながら答えた。
「約束どおり、あんたの仲間は自由にしたる。この街に正式な客人として滞在してもかまへん。もうこれ以上、詮索されることもあらへん」
そして――
5
---------
「こ……こんなこっ、間違っちょる! おいは認めん! 恥ずべきこっじゃ、あまりにも卑劣じゃ!」
紫チームのキャプテンはそう叫びながら、王さんへ詰め寄った。




