第八十話:笑っていても心の痛みは消えない
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「痛た……頭が……」
王さんは右手を額に当てながら、愚痴をこぼした。
「あ、やっと起きた」
伊藤さんが言った。
「ねえ、ここどこ? 医務室じゃないよね……。この匂い、何?」
「ここは、私たちが分けられた寮の一つだよ。それで、その匂いだけど……寝てる間に吐いたんだよ」
王さんは自分の匂いを嗅いだ……。
「うえ……お風呂入りたい」
「うん、お風呂には入れたらいいね。それと、きれいな新しい服も……」
まだ眠っている吉田さんの隣に座っていた加藤さんが同意した。
「あいつら、何したの?」
高橋さんが尋ねた。
「ああ……あの頭のおかしいじじいに、酒を何杯か飲まされた」
「え? 無理やり?」
加藤さんが尋ねた。
「うーん、正確には違うかな。私に勝負を挑んできたの」
「ああ……「ああ……要するに、無理やりだったんだ……」
高橋さんが言った。
「それで、あのじじいは何がしたかったの? まさか、いやらしいことじゃないよね……」
「たぶん、あの赤い光について知りたかったんだと思う」
「何て答えたの?」
「えっと、私が知ってること? 何もないよ。たぶん、私が何か隠してると思ってたんじゃないかな。それで酒を飲ませれば、口を割ると思ったんだと思う」
「それだけ?」
「うーん……」
そのとき、寮の別の場所では、生徒たちの一団が口論を始めた。
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「なあ、井上、あいつらに俺たちのこと、何を話してるんだ?」
「何度も言ってるだろ。俺は何も話してない」
「じゃあ、なんであいつらの何人かが日本のことを話してるんだ?」
「それで?」
「お前が日本のことを話したなら、ほかのことも話してるかもしれないだろ」
「俺は何も話してない」
「ねえ、みんな、頭を冷やしましょう」
一人の女子が言った。
「ここ、寒いんだから、これ以上冷やしたら凍死するよ」
「それに、あいつらはもう田中先輩のことも知ってるんだろ?」
「それはそうだな」
「とにかく、俺は何も話してない」
「じゃあ、あいつらはお前に何を聞いてきたんだ?」
「赤い光について聞かれた」
「おい、お前、あれについて何を知ってるんだ?」
「何も知らない」
「嘘つけ。あの赤い光が現れたとき、お前はここにいなかっただろ……」
「あそこで光ったときも、俺は体育館にいた」
「俺はお前をそこで見てないぞ……」
「俺はいた。お前が俺を見てなかったからって、俺がいなかったことにはならないだろ。あそこには大勢いたし、明かりが薄暗かった」
「言い訳を考えてるだけだろ……」
「おい、何やってるんだ?」
ちょうどその場にやって来た中村くんが尋ねた。
「あ、ガス……いや……中村……。俺たち、井上にちょっと聞きたいことがあって……」
「聞いてる? どう見ても尋問だろ……。もう言っただろ、俺は体育館にいたって……」
「俺たちは、そこでお前を見てないって言ってるんだ」
「それは違う。こいつはいたよ。俺はこいつの隣にいた」
中村くんが言った。
その場にいた全員が、しばらく黙り込んだ。
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使用人たちが暖房器具の石を入れ替えていると、多くの生徒がその器具の周りに集まった。
「うわぁ〜。生き返る〜」
「ねえ、田中先輩……。あいつら、先輩のことを聞いてたけど、今はそんなに気にしてないみたい。何があったの?」
「そもそも、私のことを聞いてたんじゃないと思うよ」
「別の田中?」
「その可能性もあるね。あるいは、そもそも田中っていう人について話してなかったのかも。ほら、英語を話す人が『シ』って言っても、『死』や『市』について話してるとは限らないでしょ……」
「なるほど……。じゃあ、何について話してたの?」
「さぁ〜」
「井上くんっていうあの男子は、知ってると思う?」
「さぁ〜」
そこへ、別の女子が近づいてきた。
「田中さん、伊藤さん見なかった?」
「ああ、あそこにいるよ。あの子たちと一緒に!」
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「うわぁぁぁ!」
吉田さんが声を漏らしながら両腕を伸ばし、それから何かを噛んでいるかのように、口を開けたり閉じたりしながら唇を鳴らした。
「ああ、ようやく眠り姫がお目覚めね」
王さんが言った。
「それはこっちの台詞! 静だって、ついさっき起きたばかりじゃん!」
高橋さんが言った。
「でも、寝起きの機嫌が悪いのは、さっちゃんみたいだけどね! あっちゃん、あの意地悪な小言ばっかり言う子から私を助けて!」
そう言いながら、王さんはまだベッドに横になったまま、伊藤さんの腰をつかんだ。
「気をつけて、愛先輩。先生のおっぱいにしたみたいに、今度は先輩のおっぱいをつかむことになるよ」
高橋さんが言った。
「ちょっと、誹謗中傷は犯罪だよ!」
王さんが泣き言のような声で言った。
高橋さんは咳払いをして、厳かな声で口上を述べた。
「刑法第二百三十条の二『公共の利害に関する場合の特例』第一項。前条第一項の行為が公共の利害に関する事実に係り、かつ、その目的が専ら公益を図ることにあったと認める場合には、事実の真偽を判断し、真実であることの証明があったときは、これを罰しない。――セクハラ防止は公益に関する事柄です」
「さっちゃん、私に対して使うためだけに、その条文を暗記してるなんて信じられないよ。あっちゃん、これを人生の教訓にしてね。『法ベランダ』の弁護士の娘には、絶対に恋しちゃダメ」
しばらく沈黙が続いたあと、女子たちは全員、堰を切ったように笑い出した。
そして、吉田さんが尋ねた。
「この可笑しい酸っぱい匂い、何?」
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そして――
一人の女子が寮へ駆け込んできて、叫んだ。
「助けて! 小林さんが! 彼女が……彼女が……」




