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第八十話:笑っていても心の痛みは消えない

1

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「痛た……頭が……」


王(ワン)さんは右手を額に当てながら、愚痴をこぼした。


「あ、やっと起きた」


伊藤(いとう)さんが言った。


「ねえ、ここどこ? 医務室じゃないよね……。この匂い、何?」


「ここは、私たちが分けられた寮の一つだよ。それで、その匂いだけど……寝てる間に吐いたんだよ」


王(ワン)さんは自分の匂いを嗅いだ……。


「うえ……お風呂入りたい」


「うん、お風呂には入れたらいいね。それと、きれいな新しい服も……」


まだ眠っている吉田(よしだ)さんの隣に座っていた加藤(かとう)さんが同意した。


「あいつら、何したの?」


高橋(たかはし)さんが尋ねた。


「ああ……あの頭のおかしいじじいに、酒を何杯か飲まされた」


「え? 無理やり?」


加藤(かとう)さんが尋ねた。


「うーん、正確には違うかな。私に勝負を挑んできたの」


「ああ……「ああ……要するに、無理やりだったんだ……」


高橋(たかはし)さんが言った。


「それで、あのじじいは何がしたかったの? まさか、いやらしいことじゃないよね……」


「たぶん、あの赤い光について知りたかったんだと思う」


「何て答えたの?」


「えっと、私が知ってること? 何もないよ。たぶん、私が何か隠してると思ってたんじゃないかな。それで酒を飲ませれば、口を割ると思ったんだと思う」


「それだけ?」


「うーん……」


そのとき、寮の別の場所では、生徒たちの一団が口論を始めた。


2

---------

「なあ、井上(いのうえ)、あいつらに俺たちのこと、何を話してるんだ?」


「何度も言ってるだろ。俺は何も話してない」


「じゃあ、なんであいつらの何人かが日本のことを話してるんだ?」


「それで?」


「お前が日本のことを話したなら、ほかのことも話してるかもしれないだろ」


「俺は何も話してない」


「ねえ、みんな、頭を冷やしましょう」


一人の女子が言った。


「ここ、寒いんだから、これ以上冷やしたら凍死するよ」


「それに、あいつらはもう田中(たなか)先輩のことも知ってるんだろ?」


「それはそうだな」


「とにかく、俺は何も話してない」


「じゃあ、あいつらはお前に何を聞いてきたんだ?」


「赤い光について聞かれた」


「おい、お前、あれについて何を知ってるんだ?」


「何も知らない」


「嘘つけ。あの赤い光が現れたとき、お前はここにいなかっただろ……」


「あそこで光ったときも、俺は体育館にいた」


「俺はお前をそこで見てないぞ……」


「俺はいた。お前が俺を見てなかったからって、俺がいなかったことにはならないだろ。あそこには大勢いたし、明かりが薄暗かった」


「言い訳を考えてるだけだろ……」


「おい、何やってるんだ?」


ちょうどその場にやって来た中村(なかむら)くんが尋ねた。


「あ、ガス……いや……中村(なかむら)……。俺たち、井上(いのうえ)にちょっと聞きたいことがあって……」


「聞いてる? どう見ても尋問だろ……。もう言っただろ、俺は体育館にいたって……」


「俺たちは、そこでお前を見てないって言ってるんだ」


「それは違う。こいつはいたよ。俺はこいつの隣にいた」


中村(なかむら)くんが言った。


その場にいた全員が、しばらく黙り込んだ。


3

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使用人たちが暖房器具の石を入れ替えていると、多くの生徒がその器具の周りに集まった。


「うわぁ〜。生き返る〜」


「ねえ、田中(たなか)先輩……。あいつら、先輩のことを聞いてたけど、今はそんなに気にしてないみたい。何があったの?」


「そもそも、私のことを聞いてたんじゃないと思うよ」


「別の田中(たなか)?」


「その可能性もあるね。あるいは、そもそも田中(たなか)っていう人について話してなかったのかも。ほら、英語を話す人が『シ』って言っても、『死』や『市』について話してるとは限らないでしょ……」


「なるほど……。じゃあ、何について話してたの?」


「さぁ〜」


「井上(いのうえ)くんっていうあの男子は、知ってると思う?」


「さぁ〜」


そこへ、別の女子が近づいてきた。


「田中(たなか)さん、伊藤(いとう)さん見なかった?」


「ああ、あそこにいるよ。あの子たちと一緒に!」


4

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「うわぁぁぁ!」


吉田(よしだ)さんが声を漏らしながら両腕を伸ばし、それから何かを噛んでいるかのように、口を開けたり閉じたりしながら唇を鳴らした。


「ああ、ようやく眠り姫がお目覚めね」


王(ワン)さんが言った。


「それはこっちの台詞! 静《ジン》だって、ついさっき起きたばかりじゃん!」


高橋(たかはし)さんが言った。


「でも、寝起きの機嫌が悪いのは、さっちゃんみたいだけどね! あっちゃん、あの意地悪な小言ばっかり言う子から私を助けて!」


そう言いながら、王(ワン)さんはまだベッドに横になったまま、伊藤(いとう)さんの腰をつかんだ。


「気をつけて、愛(あい)先輩。先生のおっぱいにしたみたいに、今度は先輩のおっぱいをつかむことになるよ」


高橋(たかはし)さんが言った。


「ちょっと、誹謗中傷は犯罪だよ!」


王(ワン)さんが泣き言のような声で言った。


高橋(たかはし)さんは咳払いをして、厳かな声で口上を述べた。


「刑法第二百三十条の二『公共の利害に関する場合の特例』第一項。前条第一項の行為が公共の利害に関する事実に係り、かつ、その目的が専ら公益を図ることにあったと認める場合には、事実の真偽を判断し、真実であることの証明があったときは、これを罰しない。――セクハラ防止は公益に関する事柄です」


「さっちゃん、私に対して使うためだけに、その条文を暗記してるなんて信じられないよ。あっちゃん、これを人生の教訓にしてね。『法ベランダ』の弁護士の娘には、絶対に恋しちゃダメ」


しばらく沈黙が続いたあと、女子たちは全員、堰を切ったように笑い出した。


そして、吉田(よしだ)さんが尋ねた。


「この可笑しい酸っぱい匂い、何?」


5

---------

そして――


一人の女子が寮へ駆け込んできて、叫んだ。


「助けて! 小林(こばやし)さんが! 彼女が……彼女が……」

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