第七十六話:寒くても心は冷めない
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男は盆をテーブルの上に置いた。
紫色のローブをまとった年配の男性は、右手を外側へ払うように振った。すると、盆を運んできた男は部屋を出ていった。
年配の男性は、それから布を引き取った。
盆の上には、酒の入った壺と、二つの杯があった。
彼は液体を片方の杯に注ぎ、王さんの前に置いた。
それから、もう片方の杯にも注ぐと、右手の人差し指と親指でつまみ、口元の前で宙に浮かせたまま、彼女が真似するのを待っているかのように構えた。
2
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「な……何それ? 酒?」
彼女が尋ねた。
「ただの酒やない。ビヅィウや。帝国が誇る黄金の液体や。厳しい冬を越した早春の収穫で選りすぐった、黄金色のノル゚ミの穀物から造られたもんや。生命の霊薬と呼んでもええ!」
「えっと……ありがとう。でも、私は飲めるよ」
「何言うてんねん? 帝国の至宝の一つを飲まれへん理由でもあるんか?」
「え……私、未成年だから……」
「未成年? なんやそれは?」
「えっと、まだお酒を飲んでもいい年齢じゃないってこと」
「アホなこと言うな。そんなん、存在せえへん。」
「いや、あるよ」
「誰がそないなこと言うたんや?」
「政府」
「馬鹿げとる。そないなくだらんことを定めた帝国勅令なんぞ、存在せえへん」
「日本の政府のことなんだけど……」
「日本?」
「えっと……私がきたところ……」
「そんな土地の話は聞いたこともない。まあ、どうでもええ。皇帝陛下の統治下では、他国の法律など何の価値もないんや」
3
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「さっちゃん、ひっちゃんのこと、何か知ってる?」
加藤さんが尋ねた。
「知らない。でも、ひっちゃんと静は、きっと大丈夫だと思う。何か問題があったなら、佐藤先生が私たちに知らせるように言ってくるはずだから」
高橋さんは爪を噛みながら答えた。
「そうだといいけど……」
加藤さんはそう答え、高橋さんの胸に額を預けた。
「今の私たちを陽葵ちゃんが見たら、きっと嫉妬で燃えちゃうだろうね……」
高橋さんが言った。
「陽翔くんもそうだろうね……」
加藤さんは何気なく答えた。
しかし、その瞬間、高橋さんが息を止めたことに気づき、加藤さんはすぐに謝った。
「あ、ごめん……そんなつもりじゃ……」
「大丈夫。分かってる。それに、彼もきっと大丈夫だよ。もしかしたら、私たちよりずっといい状態かもしれない。荒野は彼の第二の……いや、彼そのものだから……」
「意外なイメージ……。いつも、ああいう工学的なものをいじってるのに……」
「実は、あの自然愛好家……いや、むしろ自然バカなところがあるからこそ、いつも新しい道具を思いつくんだよ」
「よく分からない」
「いいよ。実は私だって、彼のことを本当に理解してるって言ったら嘘になる。たぶん、ただ彼がそういう人間だっていうことに慣れて、いつの間にか、そのまま受け入れるようになったんだと思う。彼は昔、母方の祖父と田舎で暮らしてたの。二人でキャンプをしたり、新しい道具を作ったり、手元にあるものや、周りの自然から手に入れられるものを使って、家や農具を修理したりしてたんだって。
祖父が亡くなったのは、彼が中学一年生のとき。それで、父親のいる都会の家に引っ越した。でも、継母とはあまり仲が良くなくて、喧嘩すると――それは毎日のようなものなんだけど――父親の家から数軒しか離れていない私の家に、ただ引きこもるようになったの。
休みの日に静の家族の別荘へ行ったときは、いつもあそこで森の中でキャンプをしようって、彼が私たちを説得してたんだ。私からすれば、いつも最悪のアイデアだったけどね。蚊、雨、アリ、強風、スズメバチ、寒さ、渓谷。それに、一度なんて、近くをツキノワグマがうろついてるって噂まであった。何より……トイレ……」
加藤さんは、しばらく笑った。
「ああ、高校であなたに出会ってて本当によかった。キャンプなんて、休日にやりたいことのリストには絶対入らないよ。仮に私がそれを検討してみようと思う可能性が少しでもあったとしても、ここ数日の経験で、その考えに残っていた最後の釘まで打ち込まれたよ」
4
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中村くんは、寮の廊下の一つをあてもなく歩いていた。あてもなく、俯いて。あてもなく、俯いたまま、ため息をつきながら。
すると突然、何かにぶつかった。
いや、誰かに。
「お……ごめんなさい……」
「お……ごめんなさい……」
二人の声が重なった。
小林さんだった。
相手が中村くんだと気づくと、彼女は目を大きく見開いた。
彼は彼女に向かって、両手を少し持ち上げた。
しかし、彼女は身を引いた。
そして二人は、互いに何も言わず、そのまま別々の方向へ歩き出した。
まるで赤の他人。
いや、赤の他人以上に、互いに一切の干渉をしない二つの物体のように。
そして――
「おい、ガスマスター」
一人の男子が言った。
小林さんは、ぴたりと動きを止めた。
「その呼び方はやめろって、もう言っただろ……」
中村くんが言い返した。
「ああ、ごめんごめん。俺が悪かった、マスター」
男子が答えた。
「それもやめろ。ただの中村だ」
「はい、マスター中村!」
「ただの中村」
二人はそのまま歩いていった。
「私……じゃない」
小林さんが呟いた。
5
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「ブルブル……外、寒すぎる。寮に戻ろう」
中村くんと廊下で一緒にいた男子が、自分の二の腕をさすりながら言った。
ピロン。
中村くんのスマートフォンが鳴った。
小林さんからのメッセージだった……。
「本当に、本当にごめんなさい。私、馬鹿だった……」
「おい、ガス……いや、マス……えっと、中村、その顔のニヤニヤは何なんだ?」
男子が尋ねた。
「ああ、何でもない……ただの天気予報だよ……」
「天気……予……報?」




