第五十三話:何があっても諦めない (その二)
1
---------
「体育館のフロアで、何か起きてるみたい」
女子の一人が言った。
「何が起きてるんだろう?」
別の女子が尋ねた。
「ちょっと、あの騒ぎが何なのか見てくるわ」
そう言って、佐藤先生は倉庫を出ていった。
「ジン! 何してるの!?」
高橋さんが叫んだ。
「えっと、その……彼を温めようとしてる。体温で温めるのは、いい方法だから……」
王さんはそう答えながら、鈴木くんの上に横たわっていた。
「ありがとう。でも、その必要はないわ。ほら……」
高橋さんは、エマージェンシーブランケットを投げ渡した。
「何それ?」
「スペースブランケット。この救急セットに入ってたの。バスケットボール用具の棚の近くにも、たくさん置いてあるわ」
「なんでこんなところに?」
「さぁ……。とにかく、見つけられたのはよかったわ。私たちも一枚使えるし。ここ、凍えるほど寒いから」
「ねえ、これ何?」
赤いケースを持ってきた女子が尋ねた。
「AED? 除細動器だよ」
王さんが答えた。まだ田中さんを抱きしめたままだった。
「除細動器? 心停止を元に戻すための、あれ?」
「うん」
「それなら……」
「ああ、ダメだ。もう遅すぎる……」
田中さんは突然、泣きじゃくるのをやめ、王さんの襟をつかんだ。
「やろう! 使おう!」
2
---------
彼らはケースを開いた。
「え? どうすればいいの?」
「えっと……分からない……。待って、ここに簡単な説明がある……『電源を入れる』……」
「どうやって電源を入れるの?」
「うーん……。このイラストだと、これを押せってことみたい。1番」
AEDの装置が震え、低く唸った。
そして、話し始めた。
「患者の胸部から衣服をすべて取り除いてください……」
「え? あ……」
「私に任せて」
そう言って、田中さんは涙と鼻水を拭った。
「赤いハンドルを引いて、パッドを取り出してください……。パッドの絵を確認してください……。絵に示されているとおり、露出した皮膚にパッドを貼り付けてください……。パッドをしっかり押し付けてください」
「うーん……これ、右胸に貼れってことみたい」
「赤いハンドルを引いて、パッドを取り出してください……。パッドの絵を確認してください……」
装置が繰り返した。
「それから、こっちは左脇腹……。よし、できた」
「できた」
「患者に触れないでください……心電図を解析しています……電気信号は検出されませんでした……ショックは不要です」
3
---------
「『ショックは不要』って? どういう意味?」
「分からない……」
「CPRを開始してください……CPRを行うには、点滅しているボタンを押してください」
装置が促した。
「CPR? でも、もう……」
「やろう」
そう言って、田中さんはボタンを押した。
「ビートに合わせてください……トイン、トイン、トイン……」
装置が指示する。
女子たちは互いに顔を見合わせた。
「みっちゃん、もう十分だよ……」
伊藤さんが言った。
「もうちょっとだけ」
田中さんが答えた。
「みっちゃん」
返事はない。
「みっちゃん」
返事はない。
「田中!」
田中さんは、首を横に振る伊藤さんを泣きながら見つめた。
「やめて!」
伊藤さんが叫んだ。
「も……もうちょっとだけ……」
「やめて! もうやめて!」
伊藤さんは、後ろから田中さんをつかんだ。
「や……やだ……お願い、やらせて……もうちょっとだけ……」
田中さんは、すすり泣いた。
伊藤さんの右目から、一筋の涙が流れた。
4
---------
「ねえ、ここにも救急セットがあるよ」
女子の一人が言った。
「見せて」
別の女子が言った。
彼女は小さなバッグを手に取った。中にはアンプルや皮下注射用の注射器、それに錠剤や薬瓶が入っていた。
「これ何? エピ……エピネフリン……」
「それって、もしかして……」
女子は伊藤さんを見ながら言ったが、伊藤さんが首を横に振ったのを見て、言葉を止めた。
「田中先輩、ここにいる? 体育館で、先輩を探してるみたいな男の人たちがいるよ」
少年が入口から顔を出して言った。
「え……?」
田中さんは目を開きながら呟いた。
「めっちゃカッコいいけど、めっちゃ臭い毛皮の外套を着てて、めっちゃカッコいい盾と剣を持ってた」
少年が説明した。
「外で、あの怪物たちと戦ってる男たちじゃないの?」
女子の一人が尋ねた。
「さあぁ〜」
伊藤さんは肩をすくめた。
「確かに、中二階の窓から見たよ……。でも、みっちゃんに何の用なんだろう?」
別の女子が答えた。
「いったい、どうやって美智子のことを知ったの?」
別の女子が尋ねた。
「どう考えても、人違いでしょ」
伊藤さんはそう結論づけた。
「わ……私、行く……」
田中さんは、伊藤さんに支えられていた身体を起こし、上半身を起こして座った。
「本当に大丈夫?」
伊藤さんが尋ねた。
「分からない。でも、行く」
「分かった。みんな、みっちゃんと一緒に行って。私はここを片付けておくから……」
5
---------
伊藤さんは救急セットに目を向けた。手に取って中を漁り、注射器とエピネフリンのアンプルを取り出した。
そして、渡辺くんの身体を長い間、じっと見つめた。




