第五話:納得できないほど悲しい
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グオオオ!
高橋さんは、倒れている鈴木くんの身体を飛び越えた。
二足歩行の怪物が迫るにつれ、その大きく開いた口から腐肉のような悪臭が漂ってくる。
ギャアアアーッ!
田中さんは床を滑り込みながら、渡辺くんのもとへたどり着いた。
飛行する獣の身体から漂う獣臭が、鼻を突いた。
グオオオ!
高橋さんは、砕け散った扉の残骸のそば、鈴木くんの近くに落ちていた金属製の棒を拾い上げる。
震える手で、それを怪物へ向けた。
ギャアアアーッ!
田中さんは、割れたガラスの中から窓枠の破片を掴み取る。
そして、目を閉じたまま、それを振り回した。
「向こうへ行け!」
二人の女子は、ほとんど同時に叫んだ。
2
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誰も気づかなかった。
高橋さんと田中さんの身体を、淡い赤い光が、火花のように流れていたことに。
当の本人たちでさえ。
だが、二人の吐息が濃く白く凝結していく様子だけは、はっきりと見えていた。
もちろん、少女たちの叫び声も、かろうじて威嚇の形を保った構えも、獣たちを止めることはできない。
獣が二人へ飛びかかろうとした、その瞬間。
「死ね!」
二人は、ほとんど同時に叫んだ。
その刹那。
振りかざしていた即席の武器から、淡い光は、実体を持つ円錐状のものへと変わり、一直線に迸った。
眩い赤い閃光が体育館を埋め尽くし、誰もが思わず目を覆った。
ブゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ……
3
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やがて、赤い光はゆっくりと消えていった。
獣たちの姿も消えていた。――いや、正確には消えてはいなかった。体育館の床一面に、無数の肉片となって散らばっていたのだ。
正面の壁も粉々に吹き飛び、天井には巨大な穴が穿たれていた。
耳をつんざくようなブーン声も、次第に消えていく。
高橋さんと田中さんは、なおも震えが止まらなかった。
両腕で身体を抱き締めるようにしながら、何度も腕をさすっている。
「す……鈴木……」
高橋さんが呟く。
彼女は、鈴木くんの胸がかすかに、それでも確かに上下しているのを見つけると、ようやく安堵の色を浮かべた。
田中さんは、渡辺くんの頭を膝の上に乗せ、頬を優しく叩く。
「おい……おい……」
意識を取り戻させようと呼びかける。
だが――
渡辺くんは、何の反応も返さなかった。
佐藤先生が二人のもとへ駆け寄る。
顔色が青白いことに気づき、すぐに呼吸と脈を確かめた。
どちらも感じられない。
もともと見開いていた先生の目が、さらに大きく見開かれた。
「な……何が起きてるの……?」
田中さんが呆然と問いかけた。
4
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佐藤先生は、素早く渡辺くんの全身を確認した。外傷による出血は見当たらない。
内出血の有無までは判断できなかったが、先生は田中さんに心肺蘇生を手伝ってほしいと頼んだ。
「はい」
田中さんは、ためらうことなく答えた。
だが、それが人工呼吸のことだと気づいた瞬間――彼女の身体はぴたりと止まった。
「田中さん……田中さん……」
佐藤先生が呼びかける。
我に返った彼女は、先生が人工呼吸をするよう指示しているのだと理解した。
しばらくためらったのち、渡辺くんの鼻をつまみ、顎を持ち上げて口を開かせる。そして、自分の唇で彼の口を完全に覆い、肺へ空気を吹き込んだ。
その後も、佐藤先生による胸骨圧迫と交互に、人工呼吸を繰り返した。
佐藤先生の動きが鈍くなり始めると、先生の指示を受けながら、今度は伊藤さんがしばらく胸骨圧迫を引き継いだ。
別の女子が田中さんにも交代を申し出た。だが彼女は、その声が聞こえなかったのか、それとも聞こえないふりをしたのか。ただ黙って、渡辺くんへの人工呼吸を続けた。
それから三十分以上、彼らは蘇生を試み続けた。
「田中……もう……」
佐藤先生が静かに声をかける。
「いいえ……まだ続けましょう……」
「田中……」
「まだ……まだ駄目です……きっと……きっと助かりますから……」
先生は静かにうなずくと、ほかの女子たちへ目配せした。
彼女たちは田中さんのもとへ歩み寄り、そっと肩に手を置く。
「嫌……嫌……」
次の瞬間、彼女たちは泣き崩れた田中さんを優しく抱きしめた。
5
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ほとんどの女子と多くの男子がすすり泣いていたため、
雪を踏みしめる足音はその声にかき消され、
体育館の外からゆっくりと近づいてくることに誰も気づかなかった。




