第四十二話:じれったいほど遅い
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地面まで、あと十秒もない。
鈴木くんは目を閉じ、ンラティサさんを両腕と両脚でしっかりと抱きしめた。獲物に巻きつく大蛇と、それほど変わらない姿勢だった。
ただし、その理由はまったく違っていた。
ンラティサさんはほんのり頬を赤らめ、唇の端をかすかに上げた。
地面まで、あと五秒。
ンラティサさんが、思いきり口笛を吹いた。
地面まで、あと三・六秒。
淡い青色に輝くリボン状のものが、空中を伸びて二人へ向かった。それらは二人を包み込み、落下の勢いを止めた。
地面まで、あとゼロ秒。
二人はそっと地面に下ろされた。
リボン状のものは、再びランギヤオの狼のような姿へと戻った。
2
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「おい……少年……鈴木くん?」
ンラティサさんが言った。
彼はゆっくりと目を開け、彼女の顔を見た。頬は赤らんでいたが、表情は険しかった。彼女は立ち上がっていた。
そして、彼はまだ彼女にしがみついたままだった。
そこで、ようやく気づいた。
自分の顔が、彼女の……危険地帯に押しつけられていた。
彼は飛び退き、両手で股間を庇った。
フクロウのような鳴き声が響いた。
王さんのチィだった。その背中には、彼女の後ろに渡辺くんが座っていた。
木々の間には、あれほど大きな生き物が着地できるほどの隙間はなかった。
それでも、彼女からは二人の姿が見えていた。
彼女は大きく息を吐いた。
張り詰めていた表情が緩み、吊り上がっていた眉も元に戻った。
だが、心臓はまだ激しく鼓動していた。
渡辺くんが叫んだ。
「おーい、大丈夫かー?」
「うん!」
鈴木くんも、両腕を上げて振りながら叫び返した。
「じゃあ、予定どおり、あの開けた場所で合流しましょう!」
王さんが叫んだ。
彼女のチィは再び空へ舞い上がり、旋回していた二頭のチィと合流すると、合流地点へ向かって飛んでいった。
ンラティサさんはダディシィミィルギに乗った。
タイユアンは口で鈴木くんのコートの襟首をつかみ、そのまま自分の背中へ放り投げた。
「行くわよ!」
彼女は口笛を吹いた。
そして、群れは開けた場所へ向かって走り始めた。
3
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「もうすぐ着……」
ンラティサさんは言いかけて、口をつぐんだ。そして、注意深く周囲を見回し始めた。
ランギヤオたちは耳をピンと立て、唇を引き上げて牙を剥き出しにしていた。
「……何か、まずいの?」
鈴木くんが尋ねた。
「シーッ……。追い詰めようとしてる……」
群れは進路を変えた。
何か重量のあるものが、彼らを追っていた。
ズシン、ズシン、ズシン……。
雪を踏み抜き、地面を叩く足音が、次第に大きくなっていく。
低く、途切れることのない唸り声。
群れは散開した。
だが、追跡者はタイユアンと鈴木くんの後を追ってきた。
ブゥー、ブゥー。
最初は、森の影の中に巨大な黒い塊が見えただけだった。
毛皮に覆われた、濃い茶色の塊だった。
その全身から、蒸気が噴き出している。
イノシシのようなその怪物には二つの頭があり、それぞれの口から四本ずつの牙が突き出ていた。
4
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頭突きの一撃で、イノシシのような怪物はタイユアンと鈴木くんを宙へと弾き飛ばした。
ランギヤオは凄まじい勢いで木の幹に激突し、幹にはひびが入った。
少年は雪の上を転がり続け、やがて木にぶつかった。
怪物が彼の頭に噛みつこうとした、その瞬間――口笛が響いた。
木々の間から、何本ものリボンが空中を飛び、巨大なイノシシのような怪物を拘束した。
だが、長くはもたなかった。
怪物は筋肉を膨らませ、ランギヤオを弾き飛ばした。
ダディシィミィルギに乗ったンラティサさんが森の陰から姿を現し、怪物へ向かって進んでいく。
イノシシのような怪物もまた、彼女へ向かって突進した。
彼女はホルスターからトンファーを抜き、槍へと伸ばした。
乗騎と怪物が衝突する寸前、ランギヤオは最後の瞬間に身をかわした。
同時に、ンラティサさんは空中へ跳び、回転しながら飛び越えた。
そして、イノシシのような怪物の背中に着地し、槍を突き立てる。
だが――
カキンッ!
槍は弾き飛ばされ、回転しながら宙を舞った。
怪物の皮膚は、まるで鎧のようだった。
5
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怪物はンラティサさんを振り落とし、彼女を木に叩きつけると、再び鈴木くんへ向かって進み始めた。
彼女が口笛を吹くと、まだ戦えるランギヤオたちが怪物に巻きついた。
だが、進む速度を落とすことはできても、その進撃を止めることはできなかった。
ンラティサさんは足を引きずりながら、鈴木くんのもとへ走った。
鈴木くんは頭をさすった。
その視界の端に、巨大なイノシシのような怪物が自分に向かって走ってくるのが見えた。
ブゥー、ブゥー。




