第十六話:誰にも気づかれないほど淡い
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少年たちがオオカミのような獣たちに絡め取られた直後、長い黒髪の女が姿を現した。
彼女は槍の穂先を二人へ向けたまま、ほかの女たちが到着するのを待った。
やがて、輪の中で呪文のようなものを唱えていた小柄な人物を含め、女たちが次々と集まってきた。
光の帯はオオカミのような獣の姿へ戻った。
すると長い黒髪の女は、その場に膝をつき、肩で荒く息をし始めた。
ほかの女たちは二人を取り押さえ、雪の上へうつ伏せに押さえつけた。
小柄な人物――それはひどく年老いた老婆だった――が近づき、二人の前へしゃがみ込んだ。
「タ・ナ・カ?」
少年たちが黙ったままでいることと、その見慣れない服装から、老婆は自分の言葉が通じない異国の者だと判断したらしい。
首から下げていた首飾りの水晶の一つをつまみ上げ、頭上へ掲げた。
そして唱えた。
「カミ・タナ、ナンカ・コト・イパ!」
水晶は淡い青白い光を放ち、やがてパキリとひび割れた。
「お前たちは何者だ?」
老婆が尋ねた。
「えっ!? 日本語が話せるんですか!?」
二人はほぼ同時に声を上げた。
「いや。今、お前たちがピ・ン・カ・ピ語を話しておるのだ」
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「それで、もう一度聞こう。お前たちは何者だ?」
老婆が尋ねた。
鈴木くんは、どこまで話して安全なのかを考え込み、しばらく黙っていた。
だが、渡辺くんは、自分が覚えていることを次から次へと話し始めた。
日本の政治や経済の状況。
好きなアニメや漫画。
飼い猫のモモちゃんは、名前とは違って桃色というよりオレンジ色に近いことまで――。
「なるほど」
老婆はうなずいた。
渡辺くんが、トカゲのような怪物を何匹も倒した武勇伝まで話し始めようとした、そのとき。
鈴木くんが、突然大声で歌い始めた。
「おい、ちょっと! 今、僕が話してるんだけど……」
渡辺くんは不満そうに抗議した。
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「なあ、渡辺。お前、アニメ好きなんだろ?」
「うん」
「そういえば、主人公たちが捕まって、そのうちの一人が敵に知ってることを全部しゃべっちまうアニメがあったな。その情報を利用されて、守ろうとしていた人たちが危険な目に遭うんだ」
「い、いや……そんなアニメなかったと思うけど……」
「世の中のアニメ全部見たのか?」
「いや、でも……」
「だったら、そんなアニメはないなんて言えないだろ」
「た、たとえあったとしても……」
「ある」
「か、仮にあったとしても……」
「ある」
「……そうだとして、それが?」
「つまり、後先考えずに何でもしゃべるのは、とんでもなく危ないってことだ。わかったか?」
「うん」
渡辺くんはそう答えた。
そして、そのまま老婆へ向き直った。
「僕たちは友達を捜してるんです。みんなのことが心配で。この世界はすごく危険で……あなたたちの仲間と会う前も……えっと、あそこにいる黒髪の長い人です……僕、恐ろしい怪物に不意打ちされて、それを能力で――」
その瞬間だった。
鈴木くんを押さえつけていた女は、渡辺くんの話に気を取られていた。その隙を突き、鈴木くんは地面を転がった。
その勢いで女をはね飛ばし、渡辺くんの上へ倒れ込ませた。
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長い黒髪の女は鈴木くんの襟首をつかむと、そのまま数メートル離れた少し人通りの少ない場所まで引きずっていった。
そして何かを放り投げた。
渡辺くんの折りたたみナイフだった。
「えっと……ナイフ対槍じゃ、さすがに不公平じゃないか?」
鈴木くんが言った。
女は腕を三度軽く振った。
すると槍は縮み、再びトンファーほどの長さになった。
それを背中のホルスターへ戻すと、今度は何も持たない両手を広げて見せた。
「さあ、何ができるか見せてもらおう」
女は言った。
「赤い光や爆発音……あれは、お前とお前の連れが起こしたものだと、私は見ている」
「何のことだか、さっぱりわからないな」
「ふむ。お前は友達より口が堅いようだな。まあ、そのほうが面白い。何の苦労もなく尻から情報を引きずり出しても、つまらないからな」
「そんな美人なのに、口は悪いんだな」
おそらく意図したわけではなかったのだろう。
だが、その言葉に女は頬を赤らめた。
もっとも、それに気づく者はいなかった。
崖の影はすでに一帯を覆い尽くし、頭上の空も暗くなり始めていたからだった。
「先手は譲ってやる」
女が言った。
鈴木くんは踏み込み、右のフックを放った。
だが、大きく空を切った。
女の動きはあまりにも素早かった。
「悪いな。遅すぎて待ちきれなかったんだ」
女はそう言った。
鈴木くんは奥歯を噛み締めた。
「反撃しないのか? へえ。お前、友達にしか八つ当たりできないんだな。なら、私を友達だと思ってみろよ。坊や」
「黙ってれば、もっと美人だったのにな……」
女はわずかに眉をひそめると、足を払った。
鈴木くんは前のめりに倒れ、雪の上へ顔から突っ込んだ。
雪を吐き出しながら立ち上がると、右手で折りたたみナイフをサーベルグリップに構えた。
吐く息はますます白く濃くなった。
ナイフを小さく揺らしながら、じりじりと前へ歩を進めた。
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鈴木くんの右腕には、誰にも気づかれないほど淡い赤い光が渦を巻いていた。




