第六章:仮面の奥の記憶
社交界の喧騒の中、レイラは一人、静かにグラスを傾けていた。
令嬢たちの視線はまだ刺さるようだったが、彼女は微笑みを崩さなかった。
「……やっぱり、あなたは変わらないのですね」
その声に、レイラはふと振り返った。そこに立っていたのは、かつての学友だったリリアナ・エルステッド。
「リリアナ……様」
「私に“様”なんて、やめて下さい。昔みたいに……、リリアナと呼んで欲しいです。レイラ様」
レイラは一瞬だけ目を見開いたが、すぐに仮面の微笑みに戻った。
「何をおっしゃいますの?今の身分では、あなたの方が上ですことよ?」
「それでも……!レイラ様には昔のように呼んで欲しいのです……。それに、レイラ様は昔からそうでした。誰よりもお優しいのに、それを見せるのが下手で……」
「仮面をかぶっている方が、楽な時もございますの」
「……でも、私は知っています。あなたが、誰よりも人の痛みに敏い人だってこと……。それを私は、誰よりも知っています」
レイラは何も言わなかった。けれど、その手元のグラスが、わずかに揺れていた。
「レイラ様が、庶民の私をかばって罰を受けたこと、覚えていますか?」
「……そんなこと、ありましたかしら?」
「覚えていなくてもいいのです。私は嬉しかったので……。レイラ様は“悪役令嬢”なんかじゃない。その仮面をかぶってるだけです」
レイラは、ふと視線を逸らした。その先に、カインの姿があった。
彼は遠くから、こちらを見ていた。けれど、目が合うとすぐに視線を逸らした。
(……気づいているのかしら。わたくしの仮面の奥に、何があるのか)
「リリアナ。あなたは、変わらず優しいのですわね」
「レイラ様が変わらないからです。私は、あなたの味方でいたいので……」
レイラは、仮面のまま微笑んだ。その震えに、リリアナは気づいていた。そして、遠くから見ていたカインも気づいていた。けれど、誰もそのことを口にはしなかった。
それは、まだ言葉にしてはいけない“優しさの記憶”だったから。




