第五章:社交界と叔父との再会
馬車の前に立つカインを見て、レイラは思わず足を止めた。
「……断ったはずでは?」
「護衛だ。王妃が外出するなら当然だろう」
「まあ……そうですわね。では、よろしくお願いいたしますわ」
レイラは仮面のまま微笑んだ。けれど、その頬は、ほんの少しだけ紅く染まっていた。
叔父の屋敷は、王都の外れにひっそりと佇んでいた。
カインは無言のままレイラの隣を歩いていたが、時折、彼女の横顔に視線を向けていた。
「叔父様は、昔から静かな方ですの。けれど、わたくしが仮面をかぶるようになってからも、変わらず接してくれました」
「……そうか」
それだけの言葉だったが、カインの声はどこか柔らかかった。
「やあ、レイラ。よく来てくれたね」
玄関先に現れたのは、白髪交じりの穏やかな紳士だった。セドリック・ヴェスティア、レイラの叔父である。
「レイラ。その、お連れの方は?」
「彼はカイン・ヴォルフ・ハドリアン様です。王子にして、わたくしの……夫ですわ」
カインはわずかに眉を動かしたが、黙って一礼した。
「そうか。君が、レイラを選んだのだね」
「……選んだ、というよりは」
「いや、選んだのだろう。あの子は、誰かに選ばれることを、ずっと恐れていたからね……」
カインは言葉を失った。レイラは、静かに微笑んでいた。けれど、その瞳はどこか潤んでいた。
「姪っ子を見ていくかい?まだ小さいが、よく笑う子でね」
「ぜひ。カイン様も、ご一緒にいかがです?」
「……ああ」
それは、ほんの短い返事だった。けれど、レイラの胸の奥に、静かに温かいものが灯った。二人は屋敷の中に入って行った。
そこにいたのは、叔父の妻の腕に抱かれた、小さな赤子だった。
「この子が、君の可愛い姪だよ」
「まあ……。可愛い……」
レイラはそっとしゃがみこみ、赤子の頬に指を添えた。
仮面の奥で、目元がふと緩んだ。赤子がレイラの指をぎゅっと握る。レイラは驚いたように目を見開いたが、すぐに微笑み、そっと握り返した。
「……小さな手ですのね」
カインは、その光景から目を逸らせなかった。彼女の仮面の奥に、確かに“優しさ”があることを、否応なく感じていた。
「叔父様、この子の名前はなんですの?」
「アリスだよ。妻に似て、かわいい子なんだよ」
「アリス……」
レイラは、セドリックの言葉を繰り返す。その声には、優しさが含まれていた。レイラは、優しい笑みを浮かべながら、アリスに言う。
「ふふ……。アリス、お母様のような立派なレディーになるのですのよ」
そう言うと、アリスはきゃきゃと笑う。カインは、アリスの笑い声に目を細めた。
その音が、なぜか心の奥に残った。
(……仮面のままでも、優しさは届くのか)
屋敷を出る頃には、陽が傾き始めていた。馬車の中、ふたりはしばらく無言だった。
「……君の叔父上はいい人だな」
「ええ。わたくしが“悪役令嬢”と呼ばれるようになってからも、変わらず接してくれましたの」
カインは、窓の外を見ながらぽつりと呟いた。
「“仮面をかぶっていても、君の優しさは消えない”……か」
レイラは驚いたように彼を見た。けれど、カインはそれ以上、何も言わなかった。
翌日、社交界のパーティー会場。レイラが姿を現すと、令嬢たちの視線が一斉に集まった。
「まあ、あれが“氷の王子”の王妃様?ずいぶんと地味ね」
「何で、カイン様はあんな女なんかを……?」
レイラは、他の令嬢に微笑んだ。
「あら、あの方がわたくしを選んだ理由を、あなた方が知る必要はございませんわ。けれど、あえて申し上げるなら王子の見た目や地位にばかりこだわっている時点で、カイン様に選ばれることはないと思いますの」
令嬢たちは言葉を失った。
その瞬間、遠くからカインの視線がレイラに注がれていた。それに気づいた令嬢のひとりが、悔しげに唇を噛んだ。
その視線に気づいたレイラは、ふと目を伏せた。
(……気づかないふりをしていたのは、わたくしの方かもしれませんわね)




