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第四章:気づきたくない感情

執務室の扉が静かに閉じられた。

カインは、机の上に残されたティーカップを見つめた。香りはもう消えていた。けれど、あの言葉だけは――胸の奥で、まだ静かに揺れていた。

 

“心がない”と“心を見せない”は、違う……か。

 

その一文が、まるで棘のように、彼の思考に引っかかっていた。

くだらない。そう思いたかった。けれど、否定するほどに、なぜかその言葉が離れなかった。

カインは、なぜここまでにレイラが気になるのだろうか。そう思った。彼女はただの、偽りの"王妃"。今まで嫉妬、裏切り、他の令嬢に関しては王妃とういう地位にしか興味がなかった。

しかし、彼女はそんな王妃という地位や他の王子との陰謀などする素振りもない。


「レイラ・フォン・ヴェスティア……。悪役令嬢、追放者……。俺と同じで氷のような女……」


「氷のような女で悪かったですわね」


「……聞いていたのか」

 

「ええ。偶然ですわ。偶然、通りかかっただけですわ」

 

「……そうか」

 

「まあ、カイン様が“氷”とおっしゃるのなら、わたくしなど氷点下ですわね。けれど、氷は溶けることもございますのよ。……気温さえ、変われば」

 

カインは視線を逸らした。けれど、レイラの声は、確かに彼の中の氷をほんの少し、溶かしていた。


(……言い過ぎてしまったかしら?それに、一人称が変わっていますわ。それだけわたくしの事を信頼してくださってるのかしら……)


そんなことを思っていると、カインがいつもの冷たい声で言う。


「レイラ、ここに来たという事は、俺に何か用があるのでないか。ただ、俺に文句を言いに来たわけでもないだろ?」


カインは、先ほどレイラの言葉を気にしていたらしい。そんなところが、少し可愛いと思うレイラだった。


「そうでしたわ。近々、社交界パーティーが開かれるらしいですわね」


「そうらしいな。しかし、君はパーティー内でもいつも通りの"悪役令嬢”として振る舞ってもらうぞ」


カインは、目の前の書類を片づけながらレイラに言う。


「分かっていますわ。でも、少し一人の時間が欲しいですの。かまいませんこと?」


「……何か理由があるのか?」


レイラは、少し言うか迷ってから言う。


「……お世話になった、叔父様に挨拶がしたいのですの。それだけですわ」


「叔父上に……?」


カインは、また他の王子たちと結託をし裏切るのだろうと思っていたが違う返答に声が少し裏返る。


「ええ。叔父様は、わたくしが追放されたあとも、唯一手紙をくださった方ですの」


レイラは、静かに微笑んだ。


「“仮面をかぶっていてもいい。君の優しさは消えない”とそう、書いてありましたわ。それと、わたくしに姪っ子が産まれたとおっしゃってましたの。良ければカイン様も、ご一緒にどうです?」


カインは言葉を失った。 その言葉が、なぜか胸の奥に響いた。


「……いや、俺は……」


「そうですの……。では、気が変わりましたらわたくしに、声をかけてくださいませ。それでは、失礼いたしますわ」


レイラは一礼し、部屋を出ようとした。 その背中を見送るカインの視線は、いつもより長く、深かった。 気づかないふりをしながら、心の奥で何かが静かに溶けていくのを感じていた。

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