第十三章:恋が言葉になる
夜の帳が降りた頃、レイラは静かに屋敷の廊下を歩いていた。
手には、薄いショール。心には、まだ言葉にならない想い。
カインの部屋の前で、立ち止まる。扉の向こうには、彼がいる。あの夜、命を賭して守ってくれた人。そして、私の“仮面の奥”を見つめ続けてくれた人。
「……カイン様、入ってもよろしいですか?」
「ああ。構わない」
その声に、レイラはそっと扉を開けた。
カインは、ベッドに腰掛けていた。傷はまだ癒えきっていない。けれど、その瞳は、穏やかで、優しかった。
「……夜に来るって言っていたからな、ずっと起きていた」
「……ごめんなさい。遅くなってしまいましたわ……」
レイラは、彼の傍に座った。沈黙が、二人の間に流れる。けれど、それは苦しいものではなかった。
「……あの時の言葉。『あなたを失いたくない』って……」
カインが、静かに言った。
「……あれは、本当に恋の言葉だっただろう」
レイラは、少しだけ俯いた。けれど、すぐに顔を上げて、彼を見つめた。
「……はい。あれは、紛れもなく本心であり恋の言葉でしたの……」
その声は、震えていた。けれど、確かだった。
「あなたがいなくなるのが怖かった。あなたが傷ついた時、わたくしの世界が崩れるように感じましたわ。それが……恋なのだと、気づきましたの」
カインは、そっとレイラの手を取った。
「そうか。……俺も、君に惹かれていた。仮面の奥にある、君の優しさに。君が君のままでいてくれることが、俺にとっての救いだった」
レイラは、微笑んだ。それは、仮面のない本当の笑顔だった。
「これからは、仮面の外でも……あなたの隣に立っても、よろしいのですの?」
「当たり前だ。君の隣に、俺も立ちたい。たとえ周りが何というと、俺は君の隣に立って君にふさわしい夫になるとそう決めたのだ」
二人の手が、重なる。それは、役割でも義務でもない。ただ、感情のままに選ばれた、ひとつの答えだった。
恋が、言葉になった夜。レイラは、初めて“自分の声”で、誰かを想った。
仮面のない夜。
恋は言葉になった。そして、レイラは初めて“自分の未来”を見つめようとしていた。それは、誰かに選ばれる未来ではなく、自ら選ぶ未来だった。




