第十二章:この痛みを知ったから
ざわめきは、怒りへと変わっていた。
「追放すべきだわ!」
「あんな卑劣な手を使うなんて……!」
「カイン様を傷つけた罪、償わせるべきよ!」
令嬢の名が、次々と囁かれる。
彼女は、顔を伏せたまま震えていた。けれど、その瞳には、まだ何かを訴えるような光が宿っていた。
レイラは、静かにその場に立っていた。仮面はもう外れている。けれど、彼女の表情は、誰よりも凛としていた。
「……待ってくださいませ」
その声は、静かだった。けれど、会場のざわめきは、ぴたりと止まった。
「その方を、追放しないでください」
令嬢が顔を上げる。会場がざわめく。
「レイラ様……?」
「なぜ……?」
レイラは、ゆっくりと令嬢の方へ歩み寄った。
その瞳は、まっすぐに彼女を見つめていた。
「わたくしも、かつて誰かを傷つけたことがあります。知らずに、誰かの心を踏みにじったことも……。だからこそ、分かるのです。人は、過ちを犯すものだと。そして、赦されることで、変わることができるのだと」
令嬢の瞳が揺れた。
「私は、あなたを赦します」
その言葉は、静かに、けれど確かに響いた。
「……その優しさが、いずれ後悔されるかもしれないですわよ?」
「……それでも私は許すことを選びますわ。それが、私の選択ですの」
会場は、再び静まり返った。
誰もが、レイラの言葉の意味を噛み締めていた。
その時、カインがゆっくりと目を開けた。レイラの姿を見つめ、微かに微笑む。
「やはり……君は……、優しいな」
レイラは、彼の傍に歩み寄り、そっと手を握った。仮面はないけれど確かに、恋と赦しがそこにあった。
それから数日後。
カインは、屋敷の寝室で静かに横たわっていた。傷は深かったが、命に別状はないという。
レイラは、彼の傍に椅子を置き、そっと寄り添っていた。
「……調べてましたのね。あの子のこと……」
カインが、静かに口を開いた。
「彼女の家は、以前から没落の危機にあった。父親は賭博に溺れ、母親は病で床に伏せている。……そんな中で、彼女は“誰かに選ばれること”だけが、家を救う手段だと信じていたらしい」
レイラは、そっと目を伏せた。
「……だから、カイン様を……?」
「そうだ。俺が第二王子とはいえ“次期当主”として注目されていたからな。彼女にとって、俺は“救い”だったんだろう。でも、君が現れた。君の存在が、彼女の“唯一の希望”を壊したんだ」
レイラは、胸の奥がきゅっと締めつけられるのを感じた。あのとき、令嬢の瞳に宿っていた“訴えるような光”が、今になって理解できた気がした。
「……わたくしも、誰かを羨んだことがありますわ。だから、誰かの隣に立つ資格がないと、思いましたの……」
カインが、ゆっくりと手を伸ばした。レイラの手を、そっと包み込む。
「君は、誰よりも優しい。だから、赦せたんだ。 ……そして、俺は……そんな君に、惹かれた。優しくも、凛として、誰よりも家族思いの君に……」
レイラは、はっとして彼を見つめた。けれど、カインはもう微笑んでいた。まるで、すべてを知っていたかのように。
「……あの時、君が言いかけた言葉。“あなたを失いたくない”って……あれは、恋の言葉だったのだろう?」
レイラは、答えようとしてけれど、言葉が喉の奥で震えた。
「……それは。……あなたがいなくなってしまったら、本当にわたくしは追放者ですわ!そうなりたくないから、あの時はそう言いましたの!」
レイラは、耳まで真っ赤にしながら言う。その時、扉の向こうからノックの音が響いた。
「レイラ様、義姉君のアリサ様がお見舞いにいらしています」
レイラは、そっとカインの手を離した。けれど、その手の温もりは、まだ掌に残っていた。
「ごめんなさいカイン様……。また、夜にでも……」
そう言って立ち上がるレイラに、カインは微笑んだ。
「ああ……待ってるよ。ふふ、可愛い奴だ。耳まだ真っ赤だったな……」
カインは、レイラが部屋を出て行ってからそう呟いた。そして、その答えが “恋”であることを、彼はもう知っていた。




