最終章:未来を選ぶ
舞踏会から数日が経った。
屋敷の庭には、春の気配が漂い始めていた。レイラは、カインと並んで歩いていた。仮面のない日々は、まだ少しだけ照れくさくて、けれど心地よかった。
「……静かですわね」
「君と並んで歩くだけで、十分だよ」
カインの言葉に、レイラは微笑んだ。けれど、その胸の奥には、まだ言葉にならない問いがあった。
「……これから、わたくしは何を選ぶべきなのでしょう」
「君が選びたいものを、選べばいい。誰かに決められる未来じゃなくて、君自身の未来を」
その言葉に、レイラはそっと目を伏せた。“悪役令嬢”としての役割、“家”の名を背負う重さ。それらを、少しずつ手放していくことが、今の自分には必要なのかもしれない。
その日の午後、レイラは兄アレクと義姉アリサのもとを訪れた。二人は、変わらず優しく迎えてくれた。
「……あの子のこと、聞きましたわ」
アリサが、静かに頷いた。
「……彼女は、家を離れて療養所に入ったそうよ。罪を償うというより、自分を見つめ直す時間を選んだのね」
「……赦された者の歩み、ですのね」
レイラの言葉に、アレクがそっと微笑んだ。
「レイラ、お前も変わったな。昔は、誰かに認められることばかり気にしていたのに今は、自分の目で誰かを見て、自分の言葉で選んでいる。これもカイン王子のおかげかな?」
アレクが冗談交じりに言う。レイラは、少しだけ照れくさそうに笑った。
「そんなことは……!いいえ、そうですわね……。それにお兄様とお義姉様に、赦されていたからですわ。あの時、わたくしを見捨てずにいてくださったから。だから、わたくしは誰かを赦すことができたのですの」
アリサが、そっとレイラの手を握った。
「これからは、あなた自身の役割を選んでいいのよ。“誰かの娘”でも、“誰かの婚約者”でもなく、“レイラ”として、何を望むのかを。私たちは、どんなあなたでも受け入れるわ。味方として、家族としても……」
「お義姉様……」
その言葉に、レイラは静かに頷いた。
未来は、まだ形を持っていない。けれど、選ぶことはできる。誰かに与えられるものではなく、自らの手で選び取るもの。
その夜、レイラは机に向かい、便箋を広げた。ペンを握る手が、少しだけ震えていた。けれど、そこに綴られる言葉は、もう“仮面の奥”のものではなかった。
「……わたくしは、カイン・ヴォルフ・ハドリアンの妻。これからは、レイラ・ヴォルフ・ハドリアンとして、歩んでいきますわ」
その先の言葉は、まだ誰にも見せない。けれど、それは確かに、“未来を選ぶ”ための第一歩だった。
最終章:幸せルート
春の風が、屋敷の庭に吹き抜けていた。レイラは、カインと並んで歩いていた。
自分の気持ちを自覚して、こうしてカインと歩いているとまだ少しだけ照れくさくて、けれど心地よかった。
「……昔のわたくしが、今のわたくしを見たら、驚くでしょうね」
「驚くだけじゃない。きっと、羨ましがるよ。それよりも昔の俺が今の俺を見たら、腑抜けたと思うかもな……」
「ふふ……。それこそあり得ますわ。誰よりも冷静で、冷徹の"氷の王子"。そんな方が今は、氷を溶かして人間らしさが生まれたのですもの……」
カインの言葉に、レイラは少しだけ笑った。けれど、その胸の奥には、確かに過去の自分がいた。 誰かに認められたくて、誰かより優位に立ちたくて、誰かを傷つけることで、自分を守っていた。それが、かつて“悪役令嬢”と呼ばれた私だった。
「……あの頃のわたくしは、幸せになる資格なんてないと思っていましたわ」
「でも今は?」
レイラは、カインの顔を見つめた。その瞳は、いつも通り穏やかで、優しかった。
「今は……自分で選んでもいいと思えるのですの。 誰かに与えられるものではなく、自分で選ぶ幸せを……」
カインは、そっとレイラの手を握った。
「君が選んだ未来に、俺がいるなら、それ以上の幸せはない」
その言葉に、レイラは静かに頷いた。
「そうですわね!」
その夜、レイラは机に向かい、便箋を広げた。
ペンを握る手は、もう震えていなかった。綴る言葉は、誰かに見せるためのものではない。
自分自身に向けた、未来への宣言だった。
『……わたくしは、かつて“悪役令嬢”と呼ばれていた。家のため、自分自身を守る為、罪のない人たちに罪を与えてきた。
許されないことをしたと自分でも思うわ。だけど、そんなわたくしでも良いとおっしゃってくださる殿方もいますの。わたくしは本当に恵まれていますわね……。でも、過去を忘れてはいけませんわ。
今があるのは、過去があるからこそですわよレイラ。過去のことをしっかりと思い出し、今の幸せを胸に抱いてあの方と幸せになるですわよレイラ……。
過去のレイラ・フォン・ヴェスティア』
かつて“悪役令嬢”と呼ばれたわたくしが、今はあなたの隣で笑っている。仮面の奥にいたわたくしは、もういない。
今ここにいるのは、あなたと未来を選んだ、レイラ・ヴォルフ・ハドリアン。そしてこれが、わたくしの幸せルート。
了




