第十章:この痛みが恋だとしたら
静寂の中、微かな温もりが指先に触れた。
レイラは、ゆっくりと瞼を開いた。
天蓋の布が揺れている。窓の向こうに、淡い光が差し込んでいた。
「……ここは……?」
寝台の上。そして、自分の手を包むように握る、誰かの手。
「……カイン様……?」
声は掠れていた。けれど、彼はすぐに顔を上げ、安堵の色を浮かべた。
「レイラ!よかった、目を覚ましてくれて……!」
レイラは、そっと視線を巡らせる。机の上に、一通の手紙が置かれていた。
封は切られていない。けれど、ほんの少しだけ位置がずれているように見えた。
(まさか、読まれた……?)
胸の奥が、微かに疼いた。けれど、カインの手は、まだ自分の手を優しく包んでいる。
「……ごめんなさい。ご心配をおかけして」
「謝ることじゃない。君が無事なら、それでいい」
レイラは、ほんの少しだけ微笑んだ。けれど、その笑みの奥には、まだ揺れる何かがあった。
「あの……、リリアナはご無事ですの……?」
「無事だ。君のメイドが庇ってくれた。メイドも傷は浅い」
「良かった……。リリアナは無事なのですね……」
レイラは、胸を撫で下ろした。けれど、あの時の影が、頭から離れない。
「……あの刺客。リリアナを狙っていたように見えましたわ。でも……もしかしたら……」
カインは、真剣な眼差しでレイラを見つめた。
「君を、狙っていた可能性がある。大丈夫だ、すぐに調べさせる。その間、君は少し休め……」
「お気遣いいただき、ありがとうございますわ。でも、もう大丈夫でしてよ」
「しかし……。……無理はするなよ?」
「分かりましたわ。カイン様も、ご無理はされませんように」
「分かった」
レイラは、カインに微笑んでそう言うが、ほんの少しだけ布団を握りしめる手は震えた。また、誰かが私のために傷つくかもしれない。その予感が、静かに胸を締めつけた。
カインは、レイラの部屋を出てすぐに執事に控えていた執事に今回の事件を調べるように言う。
「……リリアナが狙われたように見えたが、あの動きは不自然だった。 調べてくれ。刺客の出自、雇い主、そして……本当に狙われていたのは誰か。全て探し出せ。それと、俺がいない時のレイラの護衛も頼む」
「かしこまりました、カイン様」
執事は静かに頭を下げ、部屋を後にした。
カインは窓の外を見つめながら、拳を握りしめる。
「……レイラを、二度と傷つけさせはしない」
その頃、屋敷の奥。
誰も立ち入らない小間にて、ひとりの令嬢が苛立ちを隠しきれずにいた。
「……どうして!どうしてなのよ!なぜ、失敗したのよ!?あの女のせいよ!あの女さえいなければ……!!私が、カイン様の王妃になっていたのに!!!!なぜ、あの女を選んだの!!あの女よりも、私の方が美しく可憐でカイン様のお傍にいるのがふさわしいのに!!許さない!!許さないわ、レイラ・フォン・ヴェスティア!!!」
机の上には、破られた刺客の契約書。紅茶のカップは、床に落ちて割れていた。
「狙うべきは、リリアナじゃない!あの悪役令嬢レイラ・フォン・ヴェスティアよ……!」
令嬢は、鏡に映る自分の顔を睨みつけた。
「あぁ〜、カイン様……!次こそ、必ず……!必ず、あなた様の目を覚まさせて差し上げますわ!!」
その瞳には、嫉妬と焦燥と何か歪んだ執着が宿っていた。




