7 過去への干渉
神龍だけが持つ力、それは過去へと遡り過去の事実へと干渉する力だった。神龍が世界樹の守り神と言われるゆえんはそこにある。
世界樹の葉は、一枚一枚が一つの星、一つの世界を具現化したものであり、それらは常に誕生と滅亡を繰り返している。それがこの世界の真理であり普通は問題とならないが、ごくまれに一つの世界の滅亡が周りの世界へと波及し、世界樹に悪い影響を及ぼす事がある。そんな時、神龍は過去へと遡り、世界樹への悪影響を取り除く働きをするのだ。
当然、神龍がその力を使うのは世界樹への影響が懸念される場合に限られており、今回のような個人的な思惑で過去を変える事は本来禁忌であった。
ドラクは座禅を組みながら、懐から小さな手鏡を取り出した。
「神鏡よ、アリシア殿が生まれた時を映せ。」
するとそれまでドラクの顔を映していた鏡がもやもやと曇り、城の一室を映し出した。
ドラクは神鏡と自分の波動を一致させ、神龍の力を鏡に注ぎ込んだ。
すると、瞬間移動をするときと同様に周囲が歪んだような感覚がまず起こり、その後周りの空間が鉛にでもなったかのような重力を感じた。それは竜の星からこのアザニア王国がある場所に転移した時よりも更にひどく、ドラクは自分が押しつぶされてしまうのではないかと危惧した。
ドラクが目を閉じ、体を丸めて耐えていると、重量を持ったような周りの空気が動き始めた。そしてその流れは徐々にスピードを増していった。
ドラクが体の周りに保護膜を張り、流れに必死に抗っていると、唐突にその流れは止み周りの圧力も薄れた。
ドラクがゆっくりと目を開けるとそこは鏡に映されたアザニア王城の一室だった。
ドラクの周りの空気は先ほどよりは大分薄くなってはいたが、まだ深い霧の中にいるような重みがあった。
部屋のベッドには王妃が横たわり、周りには数人の侍女と医師らしき老齢の男性が立っていた。
部屋の人々にはドラクが見えていないようだった。
侍女の一人が持つ籠には、生まれたばかりと思しき赤子が、白い清潔な布にくるまれていたが、顔は赤黒く一見して死産であった事が読み取れた。
医師が王妃に何か喋っていたが、その声はまるで水中で発せられているようで明瞭ではなかった。
王妃は黙って涙を流しており、周りの侍女たちも顔を覆ってむせび泣いていた。
ドラクが部屋の中を見回すと、天井に近い片隅に、小さな人魂が不安そうに揺れているのが見えた。
(あれはアリシア殿の魂に違いない…。)
ドラクがその魂を引き寄せようとしていると、それまで暗く何も映していなかった部屋の窓の一つが、朝日が差し込んだように明るくなり、その光は徐々に強くなって直視できないほどになった。
しかし、ドラク以外のその部屋に居る者たちには、その光は見えていないようだった。
ドラクはそっと立ち上がって窓の正面に立った。外からは光る魂が一直線に飛んできていた。
窓を通り抜けて入って来た魂を、ドラクはそのまま受け止め自分の体内へと取り込んだ。
ドラクの体内にあった魂は、いつの間にかアリシアの魂と融合する前のものに戻っており、しばらくすると新たに取り込んだ魂とすんなりと融合した。
(良かった。過去に戻った時に融合した魂がどうなるか分からず心配だったが、何とかうまくいったようだな。)
ドラクは部屋の片隅にいたアリシアの魂を呼び寄せ、両手でそっと包むと、籠に横たわる赤子に近づいた。
ドラクがアリシアの魂をゆっくりと赤子の額に押し付けると、その魂はすっと体に吸い込まれていった。
魂が体に入ると同時に赤子の頬に赤みが差し、顔を歪めたかと思うと大きな鳴き声で泣き出した。
部屋に居た者たちは驚きのあまり皆無言で立ちすくんでいたが、やがて手を取り合って喜び始めた。泣きながら跪いて神に感謝している者もいた。
王妃も元気よく泣く赤子をその胸に抱きしめ、幸せそうな笑みを浮かべていた。
ドラクはその様子をしばらく眺めたあと、おもむろにまた座禅を始めた。
(ここまでは上手くいったようだな。だがこのままではツワナ帝国が攻めて来た時にアリシア殿が自殺してしまう。それを食い止めなければ…。)
ドラクは再び神鏡を取り出し、「ツワナ兵に包囲されたアザニア王都を映せ。」と言った。
鏡にはアザニア王都が映し出され、ドラクは再び神龍の力を鏡へと注いだ。
しばらくするとドラクはツワナ兵に囲まれたアザニア王都の外壁の上に立っていた。
遠視で城内の様子を確認すると、王族が王の私室に集まっている場面が見えた。
ドラクはそこにいるアリシアの姿を確認し、ほっと息を吐いた。
(俺がアザニア王国に着く直前のようだな。丁度良い頃合いだ。王城に騒ぎが届くよう派手に行くか…。)
ドラクは外壁の上で竜の姿に戻った。時空を超えてきた場合、その時代の人たちにドラクの姿は見る事が出来ない。それは竜になっても同じだった。
ドラクは竜の姿が見えるよう、自分の体の周りに光を纏わせた。
すると城壁の上には、透明なガラスでできた光る竜のような姿のドラクが現れた。
その姿を見て、城壁を囲んでいたツワナ兵たちが指を指して騒ぎ出した。
城壁の内側にいるアザニア国の民たちもざわついている様子だった。
ドラクは勢いよく城壁を飛び立つと、ツワナ軍の武器を主な標的として次々とブレスを吐いた。
光る竜から吐き出される炎に武器を焼かれたツワナ兵たちは、パニックに陥ったようで、統制を欠いてバラバラに逃げ出した。
その姿は以前ドラクがツワナ兵をブレスで蹴散らした時と同じだった。
ドラクはツワナ兵が一人残らず退却したことを確認すると、城壁に着地し人間の姿へと戻った。一部始終を見ていたアザニア国の民たちにとっては、光る竜が唐突に現れ、ツワナ軍を追い払った後、唐突に消えたように見えたはずだ。
ドラクがアリシア達の様子を確認すると、王の一家は城のバルコニーで近衛隊長から報告を受けている所だった。
(ふう。うまくいったようだ。これでアリシア殿の自害も防げたはずだ。後は元の世界に戻るだけだな。)
ドラクは元居た部屋にそのまま戻るとアリシアを驚かせてしまうと考え、一度人気の無い王城の中庭に戻ることにした。
中庭に姿を現したドラクは、神龍へ変化した直後に力を使い過ぎてしまったため、立っているのもつらい状況だった。
ふらふらとよろめきながら中庭の樹木の陰に隠れると、最後の力を振り絞ってアリシアの状態を確認した。幸いにもアリシアは自室で静かに就寝しているようだった。健やかな寝顔に安心すると、ドラクはその場にうずくまり気を失った。




