6 魂の融合
その日の夜、アリシアとドラクはアリシアの寝室にいた。二人はテーブルを挟んで向かい合って座っていた。
「アリシア殿、手を出して貰えないか?」
アリシアが両手を差し出すと、ドラクはアリシアの左の小指に自分の小指をくっつけて、何やら呪文を唱えだした。すると、糸のようなものが現れて二人の小指を結び、しばらくすると光を放って消えた。
「今のは何ですの?」
「俺とアリシア殿の間に通信回路を開いたのだ。これでアリシア殿に何かあったらすぐ俺に伝わるし、アリシア殿の言葉も伝わるぞ。」
「まあ。そのような事が可能なのですね…。」
アリシアはジッと自分の小指を見つめ、頬を赤らめた。
「アリシア殿?どうしたのだ?」
「ふふ。我が国に伝わる赤い糸の伝説のようだと思いまして。」
「なんだそれは?」
「運命のきずなで結ばれている恋人同士はお互いの小指が赤い糸で結ばれているという言い伝えですわ。」
「こ、これはそのようなものではないぞ!」
ドラクは焦って否定した。
「ええ。分かっています。」
(でも、これが本当に運命の赤い糸だったらいいのに。)
二人共照れて、下を向いたまま黙ってしまった。そんな二人を部屋の隅で待機している侍女たちがほほえましく見つめていた。
「ごほん、ごほん。それでは俺は部屋に戻るとしよう。」
ドラクは照れ隠しにわざとらしく咳ばらいをしてから席を立った。
その後しばらくは二人にとっては平穏な日々が続いた。
ミスリリルの町で捕縛したツワナ帝国の密偵達の取り調べから、王宮に潜入していた者を一斉に炙り出したり、情勢を見守っていた近隣の国々が竜の出現を聞きつけ、アザニア国の味方についたので、それを機に一気に今までツワナ帝国に奪われたアザニア国の町を奪還したりと、まわりの情勢は次々に変わっていたが、アリシアとドラクはそれらにあまり関わる事は無かった。
そんなある日、ドラクが部屋で休んでいると竜国からの通信が入った。
「ドラク様、いよいよ時間が無くなりましたぞ。神龍様の寿命はもってあとひと月程との事です。魂の融合を急いでくださいませ。」
「長老か…父上はそこまで具合が悪いのか。…分かった。早急に何とかしよう。」
ドラクは重い腰を上げて、アリシアの元へと行った。
アリシアは部屋で刺繍をしていた。
「アリシア殿、話があるのだ。人払いを頼む。」
アリシアが部屋で控えていた侍女に目配せすると、侍女達はお辞儀をして部屋を退出して行った。
アリシアはドラクに席に着くように勧め、新しい紅茶を入れてドラクの前に置かれたカップに注いだ。
「それでドラク様、お話とは何でしょうか?」
ドラクは話をしづらいらしく、めずらしくアリシアと目を合わせないように目の前の紅茶のカップを眺めていたが、一つため息をつくと意を決したようにアリシアを正面から見つめて話し出した。
「俺の魂の半身がアリシア殿が生まれたときに体内に取り込まれて、その後そなたの魂と融合してしまった話をしただろう?」
「ええ。覚えていますわ。融合した魂を元に戻す方法が見つかったのですか?」
ドラクはごまかさずにすべて正直にアリシアに話そうと決心していた。
「それが…融合した魂を元に戻す方法は無かったのだ。一度融合してしまったものは元には戻らぬそうだ。」
「まあ…そうなのですね。それでドラク様はどうなさるおつもりですか?」
「俺は俺の魂の半身を取り戻し、神龍にならなければならないのだ。この世界を守るために。」
アリシアは黙ってドラクが続きを話すのを待った。
「そのためには…俺はアリシア殿の体から魂を抜き出して、俺の魂と融合させねばならない。」
ドラクはアリシアを見つめていられず、そっと下を向いて言った。
「…お話は分かりました。私の魂でしたら喜んで差し上げますわ。それで具体的には私は何をすれば良いのでしょうか?」
驚いた事にアリシアは少しも動揺する様子を見せず、逆にやわらかく微笑みながら言った。
「アリシア殿、分かっているのか?人は魂を失うと死んでしまうのだぞ。いや、それより更に悪いことに、アリシア殿の魂は輪廻の輪からも外れて永遠に消滅してしまうのだ。つまり今後生まれ変わる事さえ出来なくなるのだぞ!」
ドラクはつい立ち上がって拳を握って力説してしまった。
「ふふ。元々ドラク様の魂が無ければ生まれてすぐに死んでいた命です。今回の件も含め、2回も命を救ってもらったのですもの。それに救って貰ったのは私だけではありません。私の家族やこの国の人々もドラク様に救っていただきました。私の命だけではとてもその御恩と釣り合いませんわ。」
ドラクが何と言って良いのか分からず呆然と立っていると、アリシアは椅子から立ち上がり、ベッドの側に行くと、そのままベッドに横たわり、両手を胸の上で組んで目を閉じた。
「ドラク様、どうぞ。」
ドラクは恐る恐るアリシアの側に近づき、手でそっと髪に触れた。
アリシアはピクリと反応しただけで、目を閉じたまま動かなかった。
ドラクはしばらくアリシアの髪や頬をやさしく撫でていたが、意を決したようにアリシアの唇に自分の唇を軽く触れさせた。
アリシアはまたピクリと反応し、ドラクとキスをしていると自覚したためか、徐々に頬を赤らめた。
(アリシアの魂よ、我に従え。)
ドラクが心の中で唱えると、何の抵抗もなくアリシアの魂は口を通して、ドラクの体内に取り込まれた。
ドラクはそのままベッドを脇で座禅を組み魂の融合を試みた。ドラクの体内で激しく動き回っていたアリシアの魂は、徐々にドラクの魂がある丹田へと吸い寄せられ、二つの魂の融合が始まった。
ドラクは丹田に熱した石を当てられているような暑さを感じ、額から汗を滴らせた。目を瞑り、眉間に深い皺を寄せてその熱に耐えていると、魂の融合が無事終わったのか、熱は徐々に去り、代わりに今まで感じた事の無いようなエネルギーが体に充満してくるのを感じた。
(これが神龍の力なのか…。)
ドラクはゆっくりと目を開けて立ち上がると、傍らに眠るように横たわっているアリシアを見た。
しかしアリシアの顔はやや青ざめ、呼吸を示す定期的な胸の膨らみも無く、それはアリシアの命が失われてしまった事実をドラクに目の当たりにさせた。
「アリシア殿、そなたをこのまま死なせはしない…。」
ドラクは呟くと、先ほどと同じようにベッドの傍らで座禅を組んだ。
ドラクは神龍の力を使って、アリシアを取り戻そうとしていた。




